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「蛍さんとも話せてよかった。俺ずっと、なんとなく、話してみたかったから…。上柴楓は好きです。けど俺、なんだかんだでいつ来ても嫌な顔もせず、何より、お店閉めようとしてた時に俺を入れてくれたの、嬉しかったんです。なんか、居場所が出来たみたいで」
「…そう」
「きっと…。
上柴楓は俺にとって尊敬とか、なんて言うか、そういう…憧れなんでしょう。けど蛍さんは、もっと違う。似てるけど、違う好き。なんだろう。俺、蛍さんとお友達…になっても、いいですか?」
それはどういった心境なんだろうと考える。
「…構わない、けど。
それってなんか変じゃない?なんか、言わなくても…いいような気がする」
「ふっ、」
空太が吹き出したのが見えた。
それから遠慮なく空太は声を出して笑い始める。
「…なんか、お前ら…、変なの!
異文化コミュニケーションを見てるみたい、面白い」
だってこうも。
お互いに微妙にズレあって、しかしなんだかぴったり合うことはなかなかないだろう。言いたいことが微妙に違う。だけどそれで問題がない。とても不思議だ。
「…翠、」
「はい、」
「でもお前、多分宿敵は他にもいるぜ。こいつ、他にも幼馴染みいるし」
「…はい?」
「まぁ、所帯持ちだけど。まだまだだなぁ、悩め、少年よ」
一人で空太は楽しそうだ。
しかし当の本人達にはわからない。
「俺も昔な、電撃初恋したさ。しかしショックだったなぁ、美人だけど偏屈だし不安定だしなにより同姓だと知ったとき砕け散ったよ幼心に。これは8歳だったかなぁ。そんときは残念で。
でも次恋した女がまぁいー子だけど譲った。俺ってそんなやつ」
「なんの話してんの空太」
「男の子の青春の話。蛍にはわかんないよ」
「はぁ?」
「…空太さん、激動っすね」
どうやらここはわかり会えたらしい。「似たようなもんさ」と笑って空太は翠の肩をぶっ叩いている。よくわからん。
まぁどうやら、辛気臭さはなんだかんだで空太が、全て一掃したようだ。外は雨だが何故だか気持ちが少し晴れたような、気がする。
「まぁ、頑張って勉強してこい。
ダメだぞ?ノート取るフリして小説書くとか、そーゆー曲がったサボリ方をしちゃ」
「えっ」
「な、蛍」
「うるさいなぁ。お前じゃあるまいし、授業中スケッチブックに堂々と絵描いたりしないよ」
「えぇっ」
「上柴先生よか絵が得意なだけですよ」
「えー…」
想像してみた。
なるほど。
「すげぇ…」
自分には到底出来ない。
なんと言うか。
クリエイター、まさしくそれである。
「頑張ります。俺もやりたいこと、まず見つけないとな…。
今日もありがとうございました。また、来ます」
登校には少し早いし雨足もまだ強い。
しかし今日はなんとなく充分だし、二人に少し、|翳《かげ》りを見たような気がした。早々に退散することにしようと翠は考えた。
二人は少年を見送った。その少年の背中は広く逞しいように見えた。それから二人、顔を見合わせるタイミングがなかった。店先は雨雫で濡れている。
「…蛍」
「ん?」
雨音の合間に、先程とは打って変わった空太の乾いた声が滑り落ちる。ふと、がさごそと音がして、それからライターを摩る音がした。
確かに帰ってきてから一度も煙草を見ていない。翠に気を遣ったのだろう。
紫煙だけが雨に吸収されていく。その事情は限りなく日常だった。
今日は最早店を閉めてしまおうか。多分、これから誰も客など来ない。
「お前、翠の話どう思った?」
「…どの話?」
「全部。
俺はさぁ…。わりと、あいつの気持ちわかるわ」
「…この前変なやつって言ってたじゃん」
「うん。いまでもそれは変わんねぇ」
何が言いたいんだ。
「俺も多分、あっち側かな。突っ走るタイプ」
「あぁ、なるほど」
「あんな若さはもうないけどね」
それは若さの問題なのか。
まあネタが今日は出来た、いくつも。皮肉なことに。
「さて、夕飯何にしようか。明日何時?」
「10時」
「早いな。久しぶりだから起きれるかな」
漸く顔を見合わせると、空太は仄かに微笑んだ。左手の薬指と人差し指に挟まれた煙草の灰が落ちそう。
ふと伸ばされた右手は何故だか蛍の左手を取り、煙草を咥えて、空いた左手がその白い手を愛しそうに撫でる。それがこそばゆかった。
「手荒れ治ったね。
今日は好きなもの作ってやるよ。何がいい?」
手の甲を撫でるその現象。
あの話の後、なんだか気まずくて蛍は手を引っ込める。わかっている。もうどこにも傷は、ないはずだが。
「豚汁」
「いいねぇ。うどんにしようか」
それから雨を眺める空太の目は。
思ったよりも、遠くを眺めているような気がした。
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