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 サンフランシスコの空港、日本に帰ろう、そんな日、雨が降りそうだったことは覚えていて。

 広大だと、この空の中を俺は飛行機で飛んで日本の故郷へ帰る。その空虚はきっと、美しいのだろうと思っていたのに。

 日本へ経つ準備をして空港で集合したとき、大学の、ホームステイを企画した教諭から告げられたのでした。

 ちなみに、あいつはその場にはいませんでした。考えてみれば、行きの集合の時すら、いませんでした。

「金上くん?あの…お母さんが、」

 教諭の顔が曇っているようでした。
 50代の、全然知らない教諭でした。

 俺が金上嘉実だとわかると、とても慈悲深くも、好奇心と、同情があり。肩を叩かれ掴まれ集団から離れ、ひそひそ話で「一昨日、緊急搬送され、搬送先で今朝、亡くなったそうだ」と告げられて。

「はぁ、」
「どうやら…。
 自殺、だそうで、その、意識錯乱の末の」

 なんだそれ。

「それ、は、あの…」
「さっき教授から連絡があって…。ちょっと日本の空港にその…メディアの人が」
「なぜ?だって、俺も母も、別にそんな、有名人だとか、」

 はっとしました。
 特にあてがあったわけではありませんが。

「…ニュースになるような死に方なわけですか」
「…その、なんだ、」

 全てに合点が、いってしまった。
 俺に父親がいないこと。しかし母は、わりと言うなれば昔からアバズレであった、俺はそれを見てきていて。

 だから親戚の存在すら最早俺は知らなかったわけです。
 それが大学になって、何故突然大金が入ったか、心に引っ掛からないわけではありませんでしたが、そして、嫌な予感が過らなかったわけでもなかったわけでもなかったのですが。

『誰がお父さんだとか、考えるのはよくないのよ』

 そうか。

『騙しやがってこのアバズレ!』
『あんたが×××の女だなんて知ってたら…』

 誰?

 だが母の元を去る男は大抵そう言って。

『別にもう、あれの物じゃないのに。
 嘉実、だけど、貴方を産んだことに後悔なんて、なかったのに、貴方はどうして』

 そうだ。
 俺ずっと言われていたじゃないかと、色々思い出したら、

「…先生。
忘れ物を致しました。取りに戻ります」
「…金上くん?」
「大丈夫、金あるんで。次の便で経ちます。ダメなら明日経ちますから」

一人、引き返して。
 途方にくれそうな己がいることがいま、しかし恐怖やら全てを押し潰してしまうような、寂漠で。

 喧騒や晴れ渡る、意味で掠れる湿った空にもただただ空虚。イヤホンをつけて一応向かうはホテルなんだけど。

 喧騒に押し潰される程のチューニングコードが語りかける、俺の答えは何時だってI don't know why.

 寂漠にどうしてこんな、そう、

『やめてください』

Rapeされる気分で、俺、気持ちを身籠って想いを包んでいる。こんな、サンフランシスコの、容赦もない地平で。

 少し歩いた。人並み外れたような陸橋、鉄橋の真ん中で。
 一人黄昏てみて手すりに腰掛ける。

 風が乾ききっているように、冷たく感じるのに。ふとむず痒いような、いや、もっと慢性的な痺れに胸が乾いて、風が吹いて、空を見上げて見れば、霧のようなもんでした。染みったれてて、壁のように見えて。

 俺に端から居場所なんてなかったんだ。
 でも探そうとすらしなかったかもしれなくて。ただ、ただ夢だけ見ていたかったのかもしれない。家でも外でも日本でも海外でも。

 どこへだってきっと、行けやしなかった。行けるように夢くらい、観たっていいじゃないかと思ったら帰る場所とこを亡くしたようだ。

 多分、日本に帰ったら殺されるかも。きっと後ろ黒い。

 雨が降ってきたようで。負け犬のような気分だ。

 I say hello、語りかければよかった、誰かに一言くらい。30秒くらいの旋律で。
 僕はあそこでStay awayを選んだようで。

 何かがふと、糸が切れてしまったように、バイバイ、と聴こえた気がして。

 町は、鉄橋は、雨は、景色は。
 黙って急降下していくのが、なんて、スローモーションに哀愁なのか。
 ただ、無色透明な世界がそこにはあったような気がして。


 一度目にした時には痛みを通り越した劣強と、あと降りしきった雨、多分、夢というかあの世で。
 手にするそれは最期の生気、土のじめったその冷たさに。

 君は一人、傘持って立っていたとか、なんて現想だったんだろう。

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