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 17時59分にはパソコンにシャットダウンを掛けていたが、まるで伊織の気持ちを読んだかのようにスムーズに画面は黒くなる。
 数十秒待ち18時、さっさと鞄を持って「お疲れ様です」と伊織は職場を出た。

 部署の誰よりも早く会社を出る伊織の足は少しだけ早歩きで。ケータイを確認すれば「19時に上野」。

 帰りとは逆方面。しかしまだ1本で行けるのが楽だ。以前に「西葛西《にしかさい》」と指定されたときは、行き方に戸惑ったもので。

 電車に乗りながら、日が沈むのがまだ遅いなと思えた。これなら漸く、「ご飯行こうよ」と誘えるかもしれないと、ぐるぐると考える。

 桝光敏《ますみつとし》と伊織が再会したのは、去年の暮れの同窓会だった。

 そもそも少し遠いし、行く気はあまりなかった。
 高校のメンバーなんて覚えてもいないし。それでも、たまたま予定が空いているな、と確認くらいはしたけれど。

 話した際に「高校かぁ」とリュージがふと微笑んで、裸のまま後ろから抱擁してきたことにドキッとしてしまった高揚感も、多分決断を手伝った。

「俺なんて多分来ないわ、そんなん」
「…友達たくさんいそうだけど」
「バンド仲間は多いけどの」

 耳元に掛かる息が痺れるようだった。
 少しだけ首を傾ければ「行くの?」と聞かれて。

「決めてないけど」

 結局余韻で「参加」の意思をメール返信してしまったことが恥ずかしいと、混んだ電車の中で熱くなる。

 そういえば部屋を決めたとき、リュージと付き合うんだなぁ、と思いながらも1年以上、そういう話にならなかった。
 始めは、金もあまりないリュージは家に来ていた、ふと「引っ越そうかな」と言ったから、今がある。

 …今更何を考えているんだろう。

 光敏のことを思い出す。
 光敏のことは、好きだった。

 同窓会に行き「真柴さん?」と聞いてきた光敏に、一瞬にしてその時の記憶が腹の底から沸いてきたのだ。

 スーツ姿の光敏は、昔のサッカー少年とは違う。けれど優しい、目元が下がるような笑顔は変わらなかった。

「…みっくん?」

 恐る恐る聞きながら、かつてのグループの友人である長髪の女を探してしまう自分に、変わらないなと自虐も少しだけ沸いた。
 その友人は光敏と、付き合っていたから。

「あ、やっぱりそうだ。覚えていてくれてよかった」

 忘れるハズがなかった。
 光敏は伊織の初めての男だったから。

「うん、久しぶり」
「やあ…驚いた。髪、切った?」
「…あんまり覚えてないけど、そんなに変わらないんじゃないかな」
「パーマかな?少し掛けてる?」
「ううん、」
「あ、わかった前髪か!高校、煩かったもんね」

 光敏の彼女だった沙紀《さき》は、そういえば確かそれ故にパッツンな前髪で、自分はあんなに揃えたことがなかった、それはずっと変わらないのになと、「それも違うかな」と伊織は曖昧に愛想笑いをした。

「あれ、そうだっけ?」
「おい桝、なにナンパしてんだよ」

 光敏はニヤニヤした、昔つるんでいた男の子達に言われて「いや、」と席に戻れば、彼らは「真柴、明るくなったよな」と噂話が聞こえる。
 そんなことないんだけどなと思えば、「真柴さん、綺麗になったよね」と、隣の、誰だか薄らとしか思い出せない、パーマの髪が長い女の子に言われて。

 「ホントだよねー!」とか、「昔はもう少し真面目そうというか、暗かったと言うか、」それは要するに「地味だった」と言いたいのだろうとわかったが、同級生たちは非常に楽しそうに話していて。

 伊織は愛想笑いばかりしていたが、「マジでそう思う」と、向かい側に座る髪を団子にした女の子がノリよく言って。
 時は経ったが、それでも放つ大人っぽい美人さと、手を前に組む癖。
 それが沙紀だと今更認識した。

「伊織ホントに綺麗になった。ビックリしちゃったよ」

 笑顔で言う沙紀には、それでも所謂「人妻」の、大人っぽさがあった。

「沙紀も綺麗よね〜、昔から。すぐ結婚したんだってね、」

 誰かが言う。

「まぁね。バツ2だけどね」

 あぁ、昔と変わらない明朗さ。
 バツ2という点も密かに納得する。

「あはは〜、昔からモテたもんね沙紀〜」
「そんなことないよ〜」
「沙紀と真柴さんって、高校の頃超仲良かったよね!」

 しかし話題がそう言ってしまえば、少しだけドキッとする。

 沙紀は普通に「そうそう、超仲良しだよ」と言うのに、心がそわそわする。

「今でも連絡取ってたりする?」
「流石に久しぶりだよ〜」

 当たり前だ。
 ホントは最後、ぎくしゃくしっぱなしだった。多分、誰も知らない。
 …人は、腹に何を飼っているかわからない。

 「ちょっとトイレ行ってくるね〜」と沙紀が立ち姿を消した瞬間、「真柴さんってさぁ、」と、誰かが言い出した。

「沙紀の後、桝くんと付き合ったって、あれマジなの?」

 …ドキッとした。
 が、一部で、というか本当は誰もが影で知っていたと、伊織は思っている、それが確信になってしまった。

 「あ、それ知ってる!」だのなんだの、好き勝手が始まり、やはり誰かからは「それで微妙になっちゃったって、」とまで流れるように突っ込まれる。

「違うよ、全然」
「なぁんだホントに?」

 なら桝くん今、いけるんじゃない?
 桝くん結婚したんじゃなかったっけ。

 …ドキッとする。
 知らなかった、しかし、年齢的には当たり前だったのだけど。そうなの?違うんじゃない?でもあり得る〜と、話題は光敏に移り。

 正直もう、帰りたかった。
 帰ってしまおうかと思って、心が死んで行くなかでぼんやりと、光敏の姿がないことが嫌に目についた。

 沙紀は…?と探した瞬間に「お待たせ、なになに?」と沙紀が明るく帰ってきたことに「自分は何を考えてるんだ」と思った。

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