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 …こんな関係になるまで、伊織だなんて呼ばなかったくせに。
 …みっくんって、いつから呼び始めたんだっけ、あぁそうだ、高校の時、そうだ、呼べと言われたんだ。いつだったか忘れたけど。あれ、セックスしたとき呼んでるんだっけ。初めての時、どうだったっけ。

 …痛い。
 結構、考えたら酷いことされてるのかな、これ。初めての、とか、もう高校生でもないくせに。相当純粋な子供じゃないんだから。

 いや、ダメだ、考えてはどこが痛いか虚しくなる。
 ジンとした。
 お前は最低野郎に犯されて悪戯されて、バカな奴。うるさい、黙っていて欲しい。それでも好きなんだろ、好きだったんだろ、黙っていて欲しい。遠くの声に、

「伊織、」

 はっとした。
 リュージの、低くくぐもった声がして。
 シャワーを止めた。

「………リュージ?」

 何故。

「…吉田さん、帰ったよ」

 間があって。

「あのさ、伊織」

 …その声色は何を言おうとしているの?

「…ダメか、」

 何が。

「俺…は、俺じゃ……、俺でも良いか、」

 あぁあ、
 それはダメ。

「……どしたの、」

 あぁあ、
 ダメだ、悲しい。どうして、平然なんて無理。そんなの、そんなの、

「………勘弁してよぅ……」

 声は出ない、飲まれてしまう。涙が出る。

 リュージはそれから少しして「悪かったな」と去っていったようだった。
 ダメだ、泣き顔を見られたら、だってきっと心配するし。

 …心配する?
 どうして今、自分はリュージの心配顔を思い浮かべることが出来たんだろう。そういう関係じゃない、そうじゃなくした。自分が、そう、浮気をしたようなもので。

 ……でも、
 ……でも、みっくんの心配そうな顔ってどんなんだっけ。全然浮かばない。

 なんでだろう、どうしてだろう。

 …てゆうか、寒いな。

 伊織は風呂場からでようと、冷静になった。寒くて死んでしまう。

 しかしリビングを一回経由だな。

 やはり、リュージは心配そうだった。
 予想通りの顔で、それは優しいものだと、知っている。

 目を合わせない見ないようにと、自室に戻って背を向けたのに、リュージが少し荒々しくベッドを抜け出し、自分のベッドに寝転んだことに気付いた。

 「なんかあったの?」と優しい声に、そうだ耐えられない、と自分の浅はかさを知った。

 そうなれば、凄く虚しくて、痛くて、もうやってらんないじゃんと、ポロポロ、ポロポロ出ていったけど。

「痛い?なにが、なんで。どうしたの」

 はっとした。
 同時に羞恥、いや、何よりあの恐怖が一気に沸いてきた。

「大丈夫じゃないんじゃないのかおい、」

 声を荒げたリュージに、確かに大丈夫じゃない、そうか、大丈夫じゃないと気付く。全然大丈夫じゃない。
 でも。

 バックを指したら焦ったようにリュージがそれを見て、事の大きさがずしりと腹に来た。

「ふざけんなこのタコ、」

 リュージの怒った声に完全に我に返った。

「殺すぞてめぇ。なんで言わないんだよっ、お前な、いくら俺がどうでもいいからって」
「違う、」

 違う。
 …どうでもいいだなんて。

「…殺す」

 あぁ。
 そっか、うん、そう。

 首に手を掛けたリュージにそう、もういい。殺して欲しい、こんな、こんなバカで最低な女。

 そう思って受け入れたけど、リュージは優しかった。考えたような間の後にその手は離れ、それから抱擁されて。

 なんで、なんでとよがりたくなる。だけど、そうか、そんなのむしがいいかと、冷める自分がいたけれど。

「伊織、」

 押し潰れそうなリュージの声。
 どうしてもすがりたい。抱き締める腕を抱き締めれば、どれだけ間があったかわからないけど、

「…きだよ、」

 潰れたリュージの声にはっとした。

「…好きだよ、多分」

 苦しそうな声に、反応がわからない。

 「そう、」と言ってすぐ、あぁそうかと、思えて「りゅーじ?」と振り向けば。

 歯を噛んで苦しそうに自分を見つめたリュージがいて。
 また、何か言おうとしている。

「…リュージ…?」
「…聞こえなかった…?…好きだよ、多分、」

 へ、だか、え、だか。声が震えて潰れてしまったけど。

「…だからっ…、殺す、」
「…何を、」
「…何がいいんだよそんなクソ野郎の、なぁ、何が」
「別れた、んだけど、」
「…は?」
「みっ…桝くんと…だってぇ、」

 溢れてきた。
 それに「は?待って?何?」と慌てたように胸を貸してくれるリュージについにすがりつき「別れた、てか、付き合ってなかったって、」事実が噛み締められる。

「一回も、」
「…うん、」
「あの、」
「んだよ、」
「私、一回も、」

 「はぁ?」と言うリュージだったけど、伊織が無様に泣いてしまっているうちに「…あっそ、」と、背を撫でてくれる手は、優しくて、でも震えている。明らかにリュージは何かに耐えていて。

「…お前、バカじゃないの」
「…ぅん、」
「つか、誰とも付き合ってなくね?今更言うの何?」
「…ぅん、」
「バカじゃないの?」
「ぅん、」
「はぁ、このバカ、どーしょもねぇよ、」
「だから、」
「俺くらいがちょーどよくね?マジ人に迷惑掛けんなこのヤリマン、公害だわっ、」
「…ごめんなさい…」
「まぁいーけど。お前ホントにあり得ねぇ、なんでヤリマンの癖に不感症なの、あぁ腹立ってきた。おいお前な、俺がどんな思いでいままで年単位でこうして来てると思ってんだよクソボケぇ、殴るぞてめぇ、」
「…ふぅっ、」
「ふぅじゃねぇんだよ、バーカぁ!」

 一息で言ってはリュージの胸は上下し、はぁはぁはぁはぁ言っている。
 大変だ本気で怒っている。

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