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「マスミツトシって、本名?」
「…うん」
「けどどうなの?会社の電話って」
「いやわからない。問い合わせなら…掛け直すのが無難だけど」
「ふーん…」

 抱き締めた片手で胸を揉めば「行儀悪いでしょ」と伊織は竜二を嗜める、が、「メールも行儀が悪いだろ」と、あぁ言えばこう言う。

「なに、なしなんじゃないの」
「おっぱいは別っしょ」
「嫌だそういうの。焦らしプレイじゃん」
「お前も俺もねぇ。まぁそれはどうでもいいけどどーすんのこれ」
「うーん…」
「つか食えまずは」

 言われてみて「ホントだ時間が」と急いで食べ始めた伊織にまぁ可愛いよなと思いつつ、竜二は竜二でこのサイコパス、本当に大丈夫なもんかと考える。

「俺送り迎えしようか暫く」
「なんで」
「いやこいつサイコじゃん。会社も知ってんだろこれ」
「…そーゆーことかな」
「うーん、サイコの気持ちはわからんが俺ならそうだろうなと」
「うーん…」
「普通に考えてやべぇかんなマジで。つかどの面下げて来てんだ顔見てやろうかなマジ」
「あ、うん大丈夫です、行き帰り頑張ります」
「何が?どうやって?」
「正規ルートは警察です」
「…よし良く言いました」
「リュージ本気で刺しちゃいそうなんで」
「しかしまだまだですね、警察来るまでが」
「人通りある道使いますので安心してください、私も安心したいのでお願いします。あと先輩にも取り次がないように言っときます、先手を打ちます」
「…畏まりましたぁ」

 これだけ鉄壁ならなんとかなりそうだ。
 いや、この電波がこうなったのなら多分、気丈そうだがやっぱり怖かったんだろう、これも押し付けやら設定かもしれないが、気付いたと思いたいと、「何かあったらそれでも言って欲しい」と、耳元で言ってキスをした。

「…うん、」
「お前がしたことだけど、公害になるから先手な、先手」

 伊織は食べている最中だが、目が合ったので抱き締めておいた。普通に、震えそうだから。

 少し腕に力が入っていることに気付いた伊織も「そうですね…」と言ってよしよしと撫でておく。

 付き合おうがそうじゃなかろうが変わらないなと互いに思った。多分ずっとこうだったのに、今更気が付くなんて、随分ゆっくり時を過ごしたと感じる。このままいったら世界が、止まりそうなほど。

 しかし自転も公転も見えるものではないのだから、多分この世界は、止まらないもので。誰がいて何をしていても、それは変わらないのだと、それも今更知った。

 それから7時に家を出るまで伊織はシャワーを浴び髪の毛を乾かしと、いつも通りのルーティンをしたけど、今日はいってきますのキスが追加された。これは、付き合うと言うことの変化だった。

 少しずつ、変わっている。

 伊織は出勤早々、すでに来ていた吉田にまずは「昨日は申し訳ありませんでした」と頭を下げた。

 ぼちぼち来ていた班のメンバーにも同じ事をしたが、「珍しいですね」とか、「そんな日もありますよね」と声を掛けられる。

「それから…吉田先輩から伺ったのですが、昨日、電話があったということで…大変恐縮ですが、その方の電話は取り次がないでください…」

 意を決したように言った伊織に皆やはり、「え?」とか「どういうこと?」だとか、予想通りの反応が返ってくる。

「確かに、社名を調べてもらったんだけど胡散臭かったよな」

 吉田がそう言ったことで「そうだよね…」と、話は進んで行く。

「はい。その人は仕事に関係のない方で、みなさんに大変ご迷惑をお掛けしました」
「…名指しだったし、ちょっと変だなって思ってた。主任が対応してくれたけど」

 少し躊躇ったが、伊織が「その人は私のセフレだった人でした」と、あまりにも普通な声だが、表情が曇ったことに、一同が言葉を呑む。

「大変私情で」
「真柴さん、」

 声を掛けてくれたのは目の前のデスクの、お局クラスの女性社員だった。
 苦言を呈されるかと思ったが、「やけにならなくていいんだよ」と言った。

「少し自分を大切にしなさいよ。大丈夫よそこまで捨てなくても。みんな精々、「知り合い」くらいで納得して拾ってくれるから。なんだか、見ている方が痛々しくて」
「…すみません朝から不愉快な思いをさせてしまって」
「そうね、でも」
「まぁそうですね。聞けてよかったですよね」

 吉田は割って入り、「真柴さん、」と言った。

「俺も安西《あんざい》さんに同意だけど、まぁ、一発でヤバイということは伝わった。
 次からでいい。君は自分が思っているより人に思われていると思うよ。取り次がないけど、取り敢えず相談もちゃんとしなさい。見ればわかるでしょ、みんな聞いてくれたんだから。
 そう言うわけでみんな、その外線は来たら俺に回してくれ。一応昨日の時点で顧客名簿を漁ったがわからなかったので、真柴さんに丁度どうしようか聞こうと思っていた。わかったことだし即本社オペレーターに勧誘だからと伝えに行ってくる。これでもうないと思うけど、もしもの時に」

 「そうですね」と団結したあとに「真柴さん、安心してください!」と、誰か女の子に言われ、

「そんな男はちょちょいのちょいですね。怯えることもないですよ!主任がいますから!」
「そうだな俺は重要回線だからね」

 一気に場が変わってくれた。
 予想外だった。自分はそんなに怯えた表情、仕草をしたのかと思ったところで「真柴さん、」と、静かに吉田に言われた。

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