6


 その日の『ele ground』のライブは。
 楽しかった。多分一番、今までで一番。

 だって最早俺もタカさんもノリトさんも。
 ギターは聞いていたかもしれない、唄も聴いていたかもしれない。

 それがあったけど何より、好きにやらかした。

 ステージに立っていた太田は後半不機嫌そうで、なんならマイクスタンドを蹴っ飛ばしたりして、オーディエンスは最高潮。それに少し驚きもあったように、右からは見えた。

 退場はさっさと、太田は挨拶すらせずに早歩き。
 蹴られてしまっていたがマイクは太田の近場にあったので、退場の際に拾ってマイクスタンドも戻し、「ありがとうございました」を告げるタカさん。

 俺はいつも通り手を合わせ、ノリトさんは客席に手を振って、わりといつもよりも俺たちは時間を掛けて退場した。そんなことも、初めてだった。

 大体俺たちの退場は、俺が手を合わせる以外、あとは客席に何もくれてやらない。くれてやる、というのもおかしいが、まぁ太田の概念の言い方なら、それがしっくりくる。

 始めた当初はやはり、みんな一緒に盛り上がって行こうぜ、俺とele groundで音楽を、だったと思う。俺が客席にいたころは。

 それが舞台に立ち、演奏する立場となれば、ただただ、俺の、いや、太田の演奏技術を見てくださいや、心酔してくださいになってきているのは最早、結構前から気付いていた。

 大学生の頃は、まぁ確かに、俺の演奏黙って聴いとけ。これはあった。

 だが弾けばわかるものだ。まだまだ、もっと、俺はピストルズも好きだがニルヴァーナのようなそう、同じヤク中だって不安定過ぎるようなあんなんも弾いてみたい。
 というかJ-popすら知らなかったかもしれない疑惑があるだなんて。

 あんなに世界を知った気になったって太田が好きなカナダにしか行ってねぇし。カナダ英語なんて、わかんねぇ洋楽に立ち向かうことだってあるし。

 てか俺じゃぁなんだった。なんで、なんでこいつに。

「あれはなんだったんだよお前ら!」

 廊下に怒鳴り声がした。太田だ。
 はっとして見てみれば、キレている。太田が肩呼吸しながらキレている。

「お前ら俺のことバカにしてんのかクソッタレがぁ!」
「ま、まぁ、」
「弦次、いい」

 咄嗟に俺が止めに入ろうとすれば、すっと、いつもは無口なノリトさんが前に出た。
 目がキレている。

「あぁ!?んだよノリ…」
「うるさいんですけど。公共ですけど」
「あ?だからなんだって、」

 ごつっ、と音を立て、太田の頭が前のめりになったのは見えて。

 ちらっと横から覗いてみれば、細マッチョの七分シャツから覗いたノリトさんの青筋、の上に倒れた?凭れた太田がいて、そんな太田を「ほらよ」と言って後ろに放り投げ、タカさんがそれを「へーい」と、キャッチした。

 えっ。

 咳き込んで睨み上げる太田を見下げるノリトさんが、一言、「ドラマーナメんじゃねぇよFuck'n Les Paul野郎」と冷く腹の底に響くシンバルのように叩く。

 そしてまだ何か言い返そうと向かって行こうとする太田に、「はいはい〜、手当て手当て。ほらほら胃液で声が出ないんじゃないですか〜?サノバイングリッシュ野郎〜、へるおんへるおーん」と、茶化すように言って、まるで羽交い締め、引き摺るようにタカさんは太田を楽屋の方へ連れていく。

「えっ、嘘ぅ…!」

 なんつークーデターなの、これ。
 てかもしや。

「あんたら、もしかして」
「いや、きっかけは弦次だよ。ただいつかはこうなってた」
「マジ?」

 ノリトさんは、それにやっと笑った。

「お前って案外良い奴だな。悪かったよ。
こっちはお前なんてお人良し、さっさと潰れてそれで終わりなんだろうって思ってたから…。悪いことしたな」
「なに、それ」
「まぁ、早く悩みは打ち明けた方が良いっていう話だ。どこへ行って何しても。お前その辺の自分の感性、鈍ってんぞ」
「ノリトさん…」

 なんだよなんだよ。

「どーした」
「最早抱いて。あんた良い男やわぁ〜」
「そーゆー冗談は大学生までにしろ。この業界少なからずいるからな」
「はぁーい」

 そうかそうか。
 二人、どちらから共なく笑いだした。

「さぁ、行くかぁ…。写メ取りに。公式にあげてやんなきゃ。『解散しました』って。今頃あいつ、タカにぐるぐる巻きにされてるよきっと」
「ノリトさん、それ充分大学生ノリだと思う」

 ただ想像したら笑えてきたので、二人で仲良く楽屋に戻ったら。

「マジだ」

 マジだった。

 「ほらな」と後ろでノリトさんが言いながら入って行くなか、ぐるぐる巻きとまではいかない、ぐったりしてイスに座らせられ、明らかあれからぶん殴られ、後ろあたりで手を拘束されている?のだろう惨めな太田がいた。

 流石に可哀想じゃないかと思うがタカさん、いつのまにやらビール瓶を床に置いてプラスチックのコップに注ぎ、飲みながら太田の前に胡座をかいている。
 太田にも一応ビールを勧めるが、顔を横に背けて太田は拒否する。そもそもそれ、飲めなくないか。

「あ、来た来た。お前らも飲むか?」
「飲む。流石柔道部だな元」

 そうだったの!?
 てか普通に怖ぇよなにこれ。

 奥田弦次22歳、人生史上最大の恐怖がここにあり。しかしエキセントリック。いやエレキトリッキーであります。パニクってよくわかりません。

- 6 -

*前次#


ページ: