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そうそうあれから。
色々な話をのんちゃんとしたんだ、俺。
「なんだ変態三味線」
「あのね、いや…。
のんちゃん、思うんだ。亀ちゃんにもお話ししてみましょうよ」
「は?」
「え、えぇ…うーん…」
「のんちゃん」
「いや何?もうわりと見りゃわかるけど」
「え、嘘ぉ。やっぱ、そうかな?」
「うん。あんたらさ」
「そうなんだよ…。俺一人になっちゃうんだ、卯月」
「ん?は?」
「うん、亀ちゃんなら気持ちわかってくれますよのんちゃん」
少し俯いたのんちゃんの顔はアルコールで赤い。けど、だから楽しいはずなんだけど、のんちゃんは、少し悲しそうに笑って顔を上げた。
それを見た亀ちゃんも、絶対に何か言いそうだったくせに、飲み込むように閉口。これは仕方がない。
「ね?のんちゃん。亀ちゃんも、同じだから。
亀ちゃん、コーヒーをいれてくれないかな?」
「っえ?いいけど、何?」
「コーヒーだよ」
「うん、はぁ、いや、」
「さ、のんちゃん。リビングでいいですか?また寝ちゃいそうだから」
「うん…」
そう背中を押すつもりで撫でれば、ふと俺を見てのんちゃんは言う。
「ジャグジー…寒くないの?」
「寒いよだいぶ。ねぇ俺の羽織は」
「あたしが持ってるけど」
「あれ?」
「バカなのお前」
「まぁ、」
おかげで酔いは覚めた。てか…。
「う、う、う、」
寒くてくしゃみ出るかも。
関東(東京)の秋をナメていた。寒い。冬じゃん、こ
「え、出ないの出るの?」
「う、うぇっくしぃぁ!」
出た。
二人ポカンとして、亀ちゃんが「うわ死ね」のんちゃんは「ふっ…」と。
「な、な、なにそれぇ!ははは!God Bless Youじゃん!」
「んー、う、はっ、」
「なに?出る」
「うぇっくしぃぁ!」
それからのんちゃんは死ぬほど爆笑していた。
呆れたように亀ちゃんは、「はいはい」と、一人部屋を開けっぱにしてリビングに向かった。
なんだろ、がっぶれしゅーて。くしゃみの出方かな。凄い擬音。絶対文楽で聞かない。
「の、のんちゃんん…。
た、多分、まだ出ちゃうから、さ、先にうぇっくしぃぁ!先に行っていいお、お、お…」
「出るな?」
「うぇっくしぃぁ!」
「ひははははは!大丈夫?ねぇ大丈夫?」
「ぶ、|ふぐぎるがら《服着るから》、ね、」
「はーい!待ってるよー」
のんちゃんはぴょんとベットから降り、「がっ、ぶれっしゅー べいべ〜ぇ♪」と綺麗な鼻声のような歌声で口ずさんで部屋を出た。あれは歌か。凄いな、擬音もロックなのね。
文楽にもあるけど、擬音。のんちゃんのは刺激的だなぁ。
取り敢えず俺はくっしゃくしゃになった着流しをまた羽織り、(どうやら着替えすらしなかったらしい、俺)ティッシュを片手に鼻をかみながら部屋を出る。
入り口あたりでのんちゃんは、まんま立て掛かっていた黄色いギターを眺め、俺と目が合えばにっこり切なそうに笑って、側の入れ物にしまっていた。
「何年も、一緒だったの。このギター」
「のんちゃん…」
「ずーっと、突っ走っちゃったかなぁ」
あぁ、なんだろ。
ちょっと切ない。と言うか切迫。
昔の相方を思い出してしまうようで。
ふと頭に浮かんだ八重垣姫の、「翅《つばさ》が欲しい羽根が欲しい。飛んで行きたい。しらせたい。逢いたい見たい」と言う悲痛な色っぽさ。あの演目、俺はわりと好きなんだけどなぁ…。
入れ物に入れてのんちゃんは俺を見て、「何してんの?」と微笑みかけてくれた。
あんな気持ちはやっぱり、嫌だなぁ。
「のんちゃん」
「ん?」
「大丈夫だよ…」
俺だって笑ってあげることしか出来ないの。でもね、あの気持ちは、やっぱり嫌だ。
のんちゃんは「うん、」と短く言って先に歩いた。のろのろとそれに着いて行くしかなくて。
言いたい、本当は。
一人って結局いつかは乾くんだよって、その細い背中に。俺だって、だから今は初音さんとやってて、喧嘩もしちゃうけど、芸術ってそうなんだよ。
初音さんは、穂咲太夫は、音を拾い、俺は語りを拾う。弟はそれに人形の機密な動きを合わせる。それは切り離せない、舞台では。
でもだから。
俺も一人でやってた、どこかで。ただそれは、反抗心だった。
いつか必ず、再生しなければならないんだよ、きっと。
言えるわけなかった。
回想からの願いや思いすら口上だから。
リビングではコーヒーの機械がけたたましく鳴いた。懐古が止む。
亀ちゃんがまぁ、仏頂面で淡々とコーヒーを入れていた。
「のんちゃんどうぞ、座ってください」
と、亀ちゃんがのんちゃんにソファを促す。俺は亀ちゃんからカップをふたつ受け取って、絨毯に座ることにした。ひとつのカップはのんちゃんの前に置いた。
「で」
亀ちゃんは自分のカップを持ってのんちゃんの隣に座る。のんちゃんは「いただきます」と言ってからコーヒーに口をつける。
「実はね、卯月。
グラシア、解散するかもしれないんだ」
「へ?」
「うん、だよねぇー。俺たち長かったからね」
「え、なんで?
あんなに仲良く」
「仲良すぎたかなぁ、俺もわかんなくなっちゃった。
山口がね、実家が東北でさ。
やっぱいま、実家で自営を手伝おうかってさ」
「あぁ、はぁ…。うわぁ…」
「うん。当時は帰省も出来なくて、でもまぁ、だからこそ夢を観ようかって、いままで三人で続けてきたんだけどさ。
まぁ、仕方ないし、それに反対は高畑もなくてさ、むしろいいことだ、休止でもして立て直そうか、いつかみんなが楽しい思いで出来るようにって話してたんだけど…」
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