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『男は下やに顔出し招き頷き指差して』

 んで、結局あたしはいまこうして。

 仏頂面の三味線野郎(舞台上では遥かに姿勢が良いらしい)に、隣で爽やかに声を張り上げ、首筋が綺麗な“艶の穂咲兄さん”と。

『心に物をいはすれば梯子の下に下女寝たり。釣り行灯の火はあかしいかゞは』

 とんでもない、男が縁の下?で女?遊女の足を擦ってる、最早濡れ場だかなんだか、内容的に多分さっき濡れ場だった?今もなの?みたいなシーンを、真ん中辺りの席で鑑賞中。

 遊女、お前さっきの『高いびき』とか言ってたおっさん、多分近くで寝てるんだよなそれ。マジか。アクティブや曽根崎心中。江戸アクティブ。
 恋人、その状況下でマジか。度胸が凄い。そのおっさん確か金持ちだよな、お前多分、金持ちじゃないよね。
 足すりすり。

 あぁ穂咲さん。ちょっとわかるぞヤバいなこれ依田、いや雀次。お前そんな真面目腐ったキリッとした表情でそんな哀愁三味線弾いてんのか、あんなこと考えながら。

 背筋震えた。ぶるっと来たわ。
 そして話題に上がった『アゝ嬉し』うおぉぉ穂咲兄さんやべぇなキたわ。
 普通にパラン、と一音からじゃりじゃり。

『と死に行く身を悦びし、哀れさ辛さ浅ましさ、後に火打ちの石の火の、命の末こそ』

 三味線が鳴る。

 え、情けない。なんて情けない。確かにお前、依田の心境そのものだわって、
あぇ?え?

 黒い人出てきたあれ、
 穂咲兄さん台本高々と持ち上げ。
 三味線と太夫が座っていた床?台?ステージ?
 後ろにくるっと回っていなくなっちまいましたけど。

 え、文楽不思議。

 初めて観たけどなにあれ。
 すげぇパフォ。して穂咲兄さんのチラ見せ腕(台本上げたときの)。

 ちょっとグっとキた。どうでもいいから楽屋に行こう。

 なんでわざわざんな古典芸能を観に来たか。
 簡単です。穂咲兄さんの隣に居た変態三味線野郎に英語テキストを渡しに来たのです。

 しかしあたしは以前、聞いたことがありました。ヤツ本人や、ジャクソンくんやししょーに。
 ヤツは、大体がわりと良い演目をやるのでトリか、若手が大量投入され盛り上がる演目だったりするので、出番が終わった途端、楽屋か稽古場に引き籠ると。
 つまり、昼の部、今日で言うところの第二部の、出番が終わった瞬間を見計らわなければ、なかなか会えない三味線弾きなんだそうだ。

 ちなみに楽屋引き籠りパターンは、大体昼飯の時らしい。それを聞いたらいま、楽屋に向かうしかないのだ。

 あたしはダッシュした。観客にヒンシュクにならないレベルでダッシュした。

 楽屋、国立劇場裏に向かえばシーンとしていた。
 受付けに、「えっと雀…なんだっけ次!雀次!の同居人です届け物をしに来ました」と言ってみるが。

 あたしを非常に怪訝そうな顔で見た受付の中年女性は、「あの…」とどもる。あら、何が不満かしら。

「うーん、お知り合い…で?」
「え?はい。
 雀次、というか依田紅葉の同居人です」
「あ、親戚か…何か…」
「ちょっ、ツキコはん…!?」

 聞き慣れた嗄れた声が廊下の方から掛かった。
 依田のししょー、小柄な雀生じいさんだった。
 じいさんはあたしを瞑っちゃいそうで眠そうな目をかっ開いて確認する。大丈夫か、目ぇ飛び出しちゃうぞじいさま。

「あら、ししょー」
「ちょちょちょっと、どどどぅしたんツキ…亀田はん」
「いやぁ、依田、じゃないや雀次に渡したい物があって」
「ちょっと、入りぃ、」

 とても気まずそうにししょーはあたしに言い、漸く中に入れて貰えた。

 ラッキー。

 じいさま、すぐさまその辺にいた、誰だかわかんないやつを捕まえ、「ちょっ、雀次!雀次の楽屋!楽屋におるかあいつ」と慌てている。

「あぁ、雀次なら穂咲はんと密会してんのちゃいまっか?」
「ほぅ…ってなんやそら!」
「ほらあやつ今ノっとりまんねん」
「あぁ、稽古場か。儂が行くの嫌がるからなぁ弟子のクセに」
「まぁええんやないでっか」
「せやなあんクソガキ。大体なんやねんあん音は!」
「雀生師匠、多分そーゆーとこちゃいまっか?
 ええと、お嬢はんは?」

 「同居人です」と答えると、ししょー、そいつにちらりと見られてしまう。

「ちゃうちゃう!雀次のや!
 んで亀田はん、雀次に何渡すん?」
「英語スキルです」

 二人揃って「はぁ?」しかし後に「なるほど!」と納得。

「テンペストか」
「雀次、流石鬼やなぁ」
「わかった、案内するわ。ついて来いや」

 なんかようわからんがOKらしかった。

 よくわからない仕組みだが案内され、わりと多分奥の方、木の襖が見える。
 そこから「ふ、ははははは!」と、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
 それを聞いたししょー、「んのバカ穂咲ぃ!」と勢いよく襖を開けた。

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