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「うわっ」

 依田家、タクシーで着いた感想だった。

 なるほどヤバそうな家、わかる。門が最早神社とかみたいな古くて黒っぽい木のやつ。
 果たしてどこに「死ね」と小さく書いて家出したんだろう依田。実家じゃなかったら確かに犯罪、というかすでに犯罪なんじゃなかろうかというレベルに重厚な門だった。

 我々若者三人が怯んでいる中、ゴッド師匠は「もたもたすんなや」と、開け放たれている門にスタスタと何事もなく入っていっちまうもんだから嫌だ、ホント空気読めないゴッド。

「ん?」

 唖然としている我々に振り向いては「なんやみんな怯んどるんか」と嘲笑った。

 そりゃぁお師匠は見慣れているだろうが、まだ、勇咲くんがあたしのコートを軽く握るのはわかる。本家のはずの依田が何故腕をがっつり抱えてくんのかわからん。

「あんたん家だろー、依田!」
「I' don't know why」
「いつ覚えたの依田ちゃん」

 顔が真っ青です。
 仕方ないわねと、依田のコートをそのまま引っ張り「行くわよ根性なし!」と先に歩き出す私。後ろにいた勇咲くん、「流石やS嬢」と感嘆。

「待って深呼吸させてホントに準備が」
「実家でしょーよ依田ちゃん。実家だよねホントに」

 危ない人ん家じゃないよねと言う勇咲くんを硬直して見る依田。痺れを切らしたゴッド師匠が、

「儂かてここにいるの怖いわぁぁ!早ぅせんかぁぁ!」

 確かに。
 門を一歩入った所とか怖いわな。人間国宝も人間だったわ。

 そんなうだうだ中、ふと、こちらに向いているゴッド師匠の背後の引き戸、つまりは依田家入り口が空いたことに気が付いた。

「あ゛っ、」

 と依田が唸り、こちらを見つめたボス、ババアかジジイかわからん白い着物を着た老人。
 背後には、茶髪の細身っぽい、しかしなんとなく女感ある目付き悪い紺着物の男が老人の肩に両手を置いてこちらを嘲笑うように見ていた。

「雀生師匠ご一行、こんにちは」

 笑い顔が何か嫌味なやつ。こいつが件の弟か?言われてみれば依田に似ているような、そうでもないような気がする。

 声を聞いた師匠、老人と弟(仮)に向き直り、間を置いてから少し飛び退くようにびっくりしていた。

「あっ、お久しぶりです|藍《らん》はん」

 しどろもどろのゴッド師匠に勇咲くんが「はぁ、」と溜め息を吐き、驚愕を解いて依田を引っ張る。あたしも依田に引っ張られっぱなし。それに着いていく。

「どーもぅ、あけましてっすー」

 軽い口調で言った勇咲くんは軽く手をあげ、勇咲くんに離された依田は少し睨むように老人(多分母親)と弟(多分)を一瞥してから「どうも…」と言い、しかしあたしのコートの裾を握った手は若干震えている。

「あんやさわがしゅぅあぁ」

 皆硬直した。
 老人、喋ったは良いが何を言ったか、モゴモゴ小さい声だったので全くわからなかったからだ。思わず依田の、握っていた手も滑り落ち、唖然とした表情に変わっていた。

 ゴッド師匠を越え、見せつけるように勇咲くんが「まずは挨拶ですわ」と、老人と弟の前にシュウマイを出した。

 ぽかんとした弟は「はぁ、どうも…」と勇咲くんからシュウマイを受け取る。

「さぁさ、新年会やりましょか、鵜助くん、あと…お母様?」

 やはりわからなかったか勇咲くん。

 やりとりを見ていたがすっと依田が先を行き、勇咲くんの隣に背筋を伸ばして立った。
 デカい。

「挨拶が遅うなりました。藍はん、春暁、こんにちはです。さて、実家に帰ってきたはええけど、お話ある言うことやったんで、まずは上げて頂けまへん?」

 おぉ。
 関西弁だ。古典芸能弁じゃない。

 弟はそれを聞いて「ふっ、」と笑った。

「せやなぁ兄さん。僕も兄さんと初めて過ごす正月、はて、今年の厄払いとして、一杯突っ掛けましょうかぁ、」

 依田越しに後ろのあたしを見てくる弟。なんだい感じ悪い。あれで兄弟かよ。

 あたしに振り向いた依田の表情が、一瞬だけ驚くほどに冷たかった。表情を変え忘れたのか如く、次にはいつもの笑顔で「亀ちゃん、おいで」と言う。
 デカイ二人でよく見えなかったが家に招かれたらしい。びびっていた師匠も漸く「やれやれ」と、入っていくみんなに続いた。

 あんなに冷めきっているのか依田。
 少し怖くなった。大丈夫だろうかあたしのメンタル。珍しく胃がきりきり。シュウマイを食い過ぎたせいかもしれない。

 皆を通す弟、あたしが玄関に入った途端に「あんさんがか」と、嘲笑うように言った。

「兄さんもなかなかなお趣味やな」
「あ?」

 地が出た。
 やっぱこいつイケ好かねぇ。

 しかし弟、「おぉ怖っ」と。
 んだよっ、ホントに気分悪い。

「春暁、失礼だなお前」

 依田がふと言い、まだ玄関にいるあたしに手を伸ばしてきた。

「先へ行け春暁。お前の母は足腰が弱いらしいな」

 あたしは靴を脱いで依田の手を借りて上がり込んだ。

 そのまま弟はつまらなそうな顔をして皆の背中に続いていた。

 依田はぎこちなく微笑み、「ごめんね亀ちゃん」と言う。それには返事をしなかった。

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