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結局伊坂さんはなんか知らんが1万円は受け取らず、
「まぁ泊まる」
ママさんと共に、同じビル内のホテルに消えていった。
いいのだろうかともやもやしたが、依田と二人で帰るタクシーの中、「亀ちゃん」と、窓の外を見る依田に声を掛けられた。
恐らくは、不機嫌だ。
「なに」
「俺今怒ってるから」
「なんでよ」
「どうして嫌なことを嫌だって言わないの」
「は?」
「は?じゃねぇよ」
漸く依田はこちらを向いたがやっぱり怒っている。いつもの優しさが言葉からも表情からも、ない。
「お前初音さんに何された」
「嫌だ言いたくない」
「言いたくないようなことをされたのか」
「そうだよバカ」
「俺が気付いたからよかったけど、お前そのままどうするつもりだったんだよ」
「別にいいだろうるせぇな」
「うるせぇなじゃねぇよバカ。
…俺も一緒にいながら初音さんがちょっと病んでんなとか、お前がなんか泣き出しちゃったから気付いてやれなかったのも悪いよ。だからってそんなことしなくていいでしょーが」
「は?何言ってんの」
「…あぁまぁそうね、亀ちゃん初めて会ったからね、あの人とね。
なんか調子よくないんだよ『|竹垣《たけがき》|穂咲《ほさき》太夫』。だから昼から話してたの。
いまあの人片想い中なんだって。プロのクセに、若手じゃあるまいしと言ってやりたいところだけど、まぁいま俺も変わんないよって慰めてたの」
「えっ、あれって微妙なの」
「微妙どころかクソだわ。なんだあれは全くこっちもノらねぇっつの。けどノせんのが三味線、けどノせられてねぇから師匠が飲み行こってね。何故か知らんが亀ちゃんとこのえすえむばーだよそれが何あいつ調子込みやがって猿かよ」
「うわぁぁ、お師匠偉大だわ…」
ナイスセンス。
色々こう話が繋がってきて飲み込んだら。
お師匠、苛められまくったお師匠、偉大だわぁぁ。神だわ。ウチの店でこれから彼を“ゴッド師匠”と呼ぼう、決めた。
「何が偉大なの、俺怒ってんだっつーのお前に」
「うんごめん」
「は?
え、待って俺そんな強く言った?」
「うん言ってる。なんでビビってんの?」
「え凄く素直だから」
「なにそれ。後で師匠に菓子折りを買っていくわ」
「えスゴくわかんないなんで」
「お前マジ師匠を見習えよ。師匠はなぁ、お前ら夫婦とかぁ、あたしがレズで自分がエムであること全部受け止めたんだぞ多分、いや、これを言ってやるのはセンスねぇな感じろヒーリング!肌で感じろよ愛を!」
「え、やだ師匠は…。だって多分死んじゃうしまだ現役…か、うん。でも俺ししょーをぶっ飛ばしながらおっ勃てるなんて多分」
「違えよ猿かよ頭悪ぃな」
まぁ言うのはセンスねぇけど。
確かに言わないとこいつバカなんだよな、そう言えば。
「まぁごめんありがとう。
伊坂さんは別にいいよ怒んなくて。多分依田のせいだから」
「え、それも俺のせいなの?」
「うん。仕方ないの。あたしの失恋と一緒。まぁ、ママさんが上手く聞いてくれるよ」
「へぇぇ。それって神だね、ごっどだね」
「変だけど英語覚えたね。そうそう。まぁいいじゃん。帰って風呂入って寝よう。美容に悪いし」
「あぁ〜」
依田、ここで漸く笑顔で嫌らしくいたずらっ子のように笑った。
「亀ちゃん一応気にしてんのっ、美容。ウケる。マジかよ」
「マジ殺すよお前」
「確かに泣きすぎてブス顔だもんね」には一発パンチをくれてやった。左腕だった。
夜は更けていく。タクシー、ガラスの向こうは幾つもの、流れ星のようなネオンが過ぎ去って溶けて逝った。
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