1


 澄んだ透明な水は、海や川、湖など、たくさんの水が集まるところでは青く見える。
 しかしコップに入れては無色透明で、水道から流れているそれも無色透明にしか映らない。

 何故青く見えるのか、光の乱反射や回折、例えば海に反射している夕陽はどうなのか。つまりは空の青がその水に反射しているのではないか、だとか、細かな事情があってそう自然は出来ているようだ。

 水曜日の22時、暗い店内にも目立つ赤紫の照明はあちらからどう見えるだろうか、手元は明るくも淡く白に見えるものだと、ウォッカにホワイト・キュラソーとブルー・キュラソーを軽く混ぜながらそう思った。

 20代くらいの、派手な金髪の女に出すブルーマンデーは彼女にぴったりな派手な青で。黒シャツが似合う細身で色白のバーテンダーは淡く申し訳程度に口元を上げる。

「お兄ぃさんいくつ〜?」

 酒に陶酔した女はバーテンダーに絡み掛ける。いましがたまで共にいた連れの、ホストのような男はどうやらDJブースに行ってしまったらしい。店内の盛り上がりで女の高い声も曖昧だった。

「お兄さん…うーん、ユキさん?」

 名札の“雪”を見た女は潤んだ目でバーテンダーを見上げる。見た目は若い、しかしそこそこの色気はあるように見える美形かも知れなかったが、正直場所柄かどうかは定かではない。

「覚えていただけて何よりです」

 見た目に反してバーテンダーの声は低かった。しかし、職業柄なのか、声だけは喧騒にも目の前の女には伝わる程度。
 彼は存外、爽やかではっきりとした黒目が印象に残った。

「へー、可愛いですね!」

 年齢を聞いたことを忘れた女は、目を丸くして積極性を見せる。彼はそれにテキトーな相槌で少し笑う。

「お客さん、お連れの方は宜しいのですか?」
「あー、いいよー。お兄さんの方がクールでかっこいいし」

 きっとここで引っかけた男なのだろう。女は背後のDJブースを振り返りもしない。

 「ありがとうございます」と体よく言いつつ、バーテンダーはどうにかこの場を離れたいと、少しだけうんざりしていた。
 「キヨムちゃんもっぱいちょーだい」と、女から少し離れた席の常連に声を掛けられ、「失礼します」と雪《きよむ》は漸く離脱することができた。

 常連で中年、仕事帰りの男の元へ行き背を向けてウォッカトニックを作る。
 これも透明で水のようだ。ライムを縁に刺して「お待たせ青田《あおた》さん」と雪が作ったウォッカトニックを出せば、髭の浮いた中年はニヤニヤする。

「きよむちゃん困ってたでしょ」

 確かに困ってはいたが。
 客手前に言うわけではなく。ただ、「タバコ吸っていいですかね」と断りを入れた。

 常連、青田もそれを聞いてはシャツの胸ポケットから赤のマルボロを出し、咥えて火を点けた。
 雪は自分もと青のハイライトを咥えれば青田が冗談にタバコをこちらへ向けてくる。
 日常。その指に挟まれたマルボロから火を頂戴することにした。白いネクタイが少し垂れる。

「ありがとうございます。
 これはこれで厄介ですけど、青田さん」
「いいじゃん、直接じゃないし」
「これわりと他の人が驚くんですよね」
「まぁね。大丈夫、俺君みたいな可愛らしい美人タイプ、趣味じゃないから」
「何回か聞きましたねそれ。あと“ユキ”でお願いしたいですね」
「それも何度か聞いたね」

 青田はどうやらここでは公言するが、ゲイだ。そしてこうして独特な、執着やら誇示に似た精神をも見せつけてくる。親からもらった名前は大切なのだそうだけど。
 一見すれば青田はただのおじさんにしか見えないのになと雪は自分の視野に疑問を持つ。ただの係長、されどマイノリティ恋愛マスター。この店は世界が広いらしい。

 そして青田はふらっと、先程まで雪がいた、壁際辺りをぼんやりと見つめる。女3人に距離がある席順。

「きよむちゃんのまわりは女しかいねぇね。ハルトから客取ってない?」

 今度は反対、入り口方面。
 本日出勤している先輩の春斗の前には、DJで盛り上がったテンションのままのカップルが座っていちゃいちゃしていた。
 しかし春斗は、さして気にも止めてないようで。なんなら爽やかに客と盛り上がっているのだ。
 一見すれば長身で金髪、目立つタイプの男だと雪も感じる。

「きよむちゃんがいない日はあれはハルトの役なのにね。ハルトの方があしらいは上手いし」
「…でしょうね」

 それから春斗と目が合った。彼は無邪気に笑い、雪に手を振ってくる。申し訳程度に手を振り返したところでまた、「お兄さぁ〜ん」と、ブルーマンデーの女から声が掛かった。

 女はやはり酔ったらしく、最早テーブルカウンターに突っ伏し気味にふにゃふにゃしていた。

- 2 -

*前次#


ページ: