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「…そもそも誰が、とか…わかるかな?」
「いえ、別に」
「……そっか、」
どう見ても宮沢先生は困っている。
ふと先生は笑って「検討くらいついてるんでしょ」と涼しく私に促した。
「なかなか、そんなことされるのなんてない事じゃない。私はでも、正直その子の方がここに来るべきじゃないかと思いますけど」
「え、」
「だって異常だし。相当病んでるんじゃないですか、メンタル的に」
宮沢先生は困惑しつつも「…確かに。ですけど」と考え始めた。
「…もし心当たりがあるなら、話を」
「まぁそうすると藤川さんがここには通えないわね」
あくまで涼しい先生に正直、驚いた。
「けど正直私たちが決めることじゃないの藤川さん」
…なんだかそれに少し、モヤモヤしてきた。
「…別に私は大丈夫です。でも、他の子の迷惑だと言うのなら教室に行かないだけで」
「…藤川さん、」
「そういうことが言いたいんじゃないんですか」
「そうじゃなくて。何より藤川さんは嫌だったと」
「気分は悪いので保健室に来ました」
「じゃぁ」
「論点ズレてるよ藤川さん。学校は皆教室で勉強する場所というのが前提で、保健室は怪我や病気で来るところなんだけど」
すっぱりと先生に言われてしまったことに、少なからず理解はしていても、まるで今気付かされたような、…嫌でもそんな気がしてきた。
「…来るなとは言ってないけどね」
私が学校で学んだことはそんなことだったのかと、けど、そう言うのなら私はその社会の規律を守ってきているはずだ。
投資と授与ということ。
私は誰もを「他人」と捉えるほどに冷たい人間じゃないかと、また何も言えなくなっていく。
いつだって言葉は塞がれていくようで。
大人だけで話が進むことに違和感がありながら、もう、でもいいや、そう思えてきて、
コンコン。
ノックに先生が「あ、不在にしてないかも」と立ち上がりドアを開けに行った。
「…あの…、」
ノックしたのはどうやら由香ちゃんだった。
「…瑠璃ちゃん」
「いらっしゃい。ご用事は藤川さん?」
由香ちゃんは泣きそうに頷き、「先生、」と、宮沢先生に話し掛ける。
ホームルーム終了か、休み時間終了かのチャイムと同時で「本城さんなんです…、」と、由香ちゃんはより泣きそうになっていた。
「朝、本城さんが…」
「…本城さん?」
ついに泣き出してしまった由香ちゃんは、話そうと息を詰まらせてしまっている。
「由香ちゃん」
彼女はここに来るまで、泣いてしまうほどには辛かったようだ。
私が宮沢先生が立つより早く由香ちゃんの元へ行くと、由香ちゃんは泣いたまま私を見て「るりちゃん…」と、声を絞らせている。
「ここまで大丈夫だったの?本城さんには」
「そんなことより、」
「大丈夫だよ別に」
あぁ、なんかもう。
うるさいな。
その場で由香ちゃんにキスをした。
由香ちゃんは泣きながらビックリしたように軽く私を押し「待って、瑠璃ちゃん、」と私に訴えかける。
由香ちゃんの目線の先は大人二人だから、私は振り向いて「気持ち悪いですか?」と聞いてみた。
「…いえ…、」
「全然」
驚いたのか引いたのかわからない宮島先生と、依然普通な先生。
私は由香ちゃんの頭を撫でて微笑み、「大丈夫だから」と無理矢理追い出すように押し飛ばしてドアを「不在」にしておくことにした。
由香ちゃんが去った気配はない。
「…なんでそーやってひねくれてるのかなぁ」
…うるさいな。
「…宮沢先生。由香ちゃんきっと本城さんに圧を掛けられますので、もうこの辺にして頂けませんか」
「…え、」
あまり答える気も私には最初からないしもう本当にうるさいなと遮断してしまいたいから、ソファーに座り本を読むことにした。
「今日は取り敢えずいいんじゃないですか」と、諭すように先生が言えば、宮沢先生が最後、
「藤川さん…机は変えておくからね。本城さんと鳴海さんとも…もう少し話してみるから」
…そうじゃなくて。
答えるのも何もかも面倒だ。私は宮沢先生に何も返さなかった。
諦めたような空気が漂っているのは肌で感じている。
ただ宮沢先生が保健室から出て行き、ドアの前に立っていた由香ちゃんが連行され、先生がいつも通り仕事を始めた。
それだけだった。
春琴抄 谷崎潤一郎
赤い表紙、薄い本。──盲目の三味線師匠春琴に仕える佐助の愛と献身を描いて谷崎文学の頂点をなす作品。
ページを開いた。指にしつこさもなく吸い付く紙質と、明朝体。
──春琴、ほんとうの名は鵙屋琴、大阪道修町の薬種商の生れで歿年は明治十九年十月十四日、墓は市内下寺町の浄土宗の某寺にある。
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