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本当に千秋さんが待っててくれるかはわからないけれど、でも、下校時間は過ぎる。
抜け出したら兄は一体…、いや、兄ですら本当は私が家にいるかいないかは問題じゃないとどこかで…気付いているではないか。
無意識に近かったかもしれないけれど自然と、あのとき出た。本当は、もう一つだけ欲しいんだと気付いた。
誰も気付かない私の胸が痛くなったから。
だから。
家の鍵を開けてすぐ、兄の革靴があったことに一瞬、頭が止まってしまった。
「あぁ瑠璃。
どこ行ってたんだ一体」
二階から降りてきた兄はにやっと笑ってそう言った。
………頭が真っ白になってゆく。
体温すら下がってゆくのが手から滑り落ちるようにわかる。
「心配したんだけど、電話も出ないし」
はっとケータイを見た。
不在着信が35件、入っている。
「…お兄ちゃん、…仕事は?」
「あぁ、学校から電話があった。瑠璃、一体どこへ行ってたんだ」
「…お金、」
「あぁ、そうか。わかった」
「うん、」
「どんなもんだ?兄ちゃん仕事に戻るけど」
「…うん、」
「夕飯は外だわ」
「…わかった」
「なぁ瑠璃」
猛禽類のような目付きが焼き付いた。
兄はその場で私を押し倒す。
身体が床に打ち付けられ、とても冷たい。
…身体が硬直してしまった。
兄が私に跨がり、忙しなく自分のネクタイを外す光景に「仕事はっ、」と震えそうな声が出てきたのだけど、兄は上の空で「はぁ?」と、私のネクタイも引っ張り忙しなく外した。
「ちょっと、今日は…、」
言え。
「友達と、ね、お兄ちゃん」
詰まる、
「大丈夫だよ5分ありゃぁ」
「そんな、」
「お前援交してきたんだろ、楽じゃん、」
兄ちゃんに嘘吐いてないよなぁ?と下着に指を入れた兄は抜いて眺め、「あれ?」とわざとらしく、煽るように言うけれど。
「へぇ、」
そのまま冷めたように私を見て、その指を舐めるのを見せつけ、また、荒々しく忍ばせるのが…痛い。
「遊んでないんだな」と笑って下着を降ろされた。
「じゃぁどこに行ってたんだお前っ、」
「それは、」
「まあその方がキツくて良いんだけどっ、」
ぐちゃぐちゃに……されるそれが痛い。
ただ冷えて心が、呆気なく殺されてゆく。
「ちょっと待っ、」
「偉いじゃん、まあそんな事しなくても俺には関係ないんだけど、」
「まだ…、痛いっ…から、」
「じゃー舐めてやろうか?」
「違うっ、」
焦った私を見てにやっと子供のように笑う兄は片手でズボンを脱ぎ、私の足を持ち上げる。
…込み上げて何かを吐きそうな圧迫感に苦しい。
底冷えした場所に熱した刃物でぐちゃぐちゃに切り刻むような痛みに、涙が出る。
そんな日の景色も一緒に溢れて。
けれどゆっくり、確実に刺し殺すように動き始めた兄は「あぁそうか、」と口調すら覚束なくて、
「友達に言っとかんとね、嫌われるんじゃない?」
「…ぇ、」
「ケータイはポッケか、」
「い…っ、」
「早くしろよ待っててやってんだからっ、」
……痛い。
…苦しい、
嫌だ、もう…、こんなの、
「…おにぃ、ちゃんっ、」
「ははっ、はははっ!…まだぁ……、なあ早くしろってこっちは、」
私の耳元に来て、ぐっと裂かれる、痛みが競り上がり言葉も、息も絞め殺されると、
「かぁわいいなぁ、瑠璃、」
……殺されてしまう。
兄は私の制服のポケットをまさぐり、ケータイを出して私の耳元に投げつけた。
シャツのボタンに手を掛けた兄は「一個どこやった?」と言いながら、しかし優しく胸を揉むのにもう、
………助けて欲しい。
第一従わなければという強迫観念に私は千秋さんの番号に掛け「……っもしもし、」声が潰れそうだった。
『もしもし』
「…ぁあの、」
…苦しくて、
『どした』
「たっ、」
兄に首を絞められた。
喉をごりっと、親指で潰されるのに、嗚咽すら行き場をなくしてしまった。
「っはっはっはっはぁ!」
腹の底から出るような声で笑う兄はケータイを突然取り上げ、叩きつけて笑い、耳元で「じゃぁ大丈夫だな、」と囁く。
……鳥肌が立つ。怖い、真っ白で、全てがぱんと、どこかに弾けとんでしまいそうで。
それから兄はいつものようにねっとりと私に触れた。
「気持ちいか」だの「あぁいいわ」だの、何より、
「瑠璃は兄ちゃん、好きだもんなぁ」
そう言って笑う兄に背筋がぞわぞわして、恐怖ばかりが支配して。
ある日。
兄は私にこう言ったのだ。
「そんなん、親父とお前のおかんと一緒だし、」
…思い出す、それに私は抗えなかった。
そんなの。
「親父より俺の方が好きだろ?」
……殺された。
何度も何度も、もうそれは跡形もないのような気分で、吐き気も、痺れも、何もかもが私の自由を奪って、喉が詰まって声すらままならないまま、兄は射精しすぐに「あぁ…」と私から離れていった。
漸く呼吸は許され過剰摂取になってゆく、身体が痙攣しそうで酸素すら辛くて頭が白いままで。
「さっぱりしたわ」
デジタルは、16:57。
「抜けなくて絞め殺されそうだな、ははっ」
「何泣いてんの?」と、兄は平然と自分の服を整え、何事もない様で玄関から出て行く。
…一つ取り残された死体のような。
「…くっ、」
声が漸く漏れ出たらより涙が出てくる。
死体の方がいい、けどもうそう、嫌だ、苦しくて痛くて辛くて…。
母の泣き顔を思い出すから。
……視線の先にはぼんやりとケータイがある。
電源を入れようかと長押ししたら、まだ電源は切れていない。
死にかけた感情で手前操作の、千秋さんの番号を見て…躊躇って。ヒリヒリする。いや、イガイガ…、キリキリ…とてつもなく息苦しくて。
ただ、通話時間は20分はあったことを知った。
…ショートメールが入っている。
「待ってる」
…20分は、経っている。
頭の奥が、引っ張られるように痛い、引き吊れるようで、耳鳴りがしそうで。
私は力もなくケータイに耳をあて「もし…、」言えなくて。
『…どう…?』
「あのっ、」
『抜け出せんの?』
「…へ、」
『行こうか』
短い会話にポロっと、「兄は、」と言って詰まる。
何かが喉を割って溢れそうに、切り付けて痛い。
けれども彼は「うん」と返して言葉を待ってくれた。
「…いない、から、」
『わかった。せめてGPSとか』
「……道入って……ぇっ、に、二件、あの、二世帯の…っ、」
『はいよ』
そして電話が切れたことに漸く嗚咽が出ていき、呼吸は苦しくなってしまった。
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