3


 くたっとした瞬間に先生は私の中から指を引き抜いて「大丈夫なの?」と、舐めつくした飴のような、代わり映えもしない声色で私の背中をふんわりと抱いた。

 まだ当たり前に湿っているし、「足も震えてるじゃない」と先生は心配をするのだけど、私は下がった下着もたゆんだ靴下も、さも当たり前に引き上げ先生を見下ろすように立ってみせた。
 シャツのボタンを留める。

「私、グループチャットでビッチだって言われているらしくて」

 声が震えることすらない、この薄情な態度は確かに、自分でもどうかしていると思っている。

「へぇ。そんなの気にするタイプだったかしら」
「私が気にしなくても皆話してくれるみたいです」
「あらそう」

 素っ気ない先生の態度に私はまた、ソファーに起きっぱなしにした鞄を取りに行き、鍵を開け戸の「不在」を「実在」に変えた。
 この先生お手製の、頭も日本語もおかしいセンス、結構気に入っている。

 これほどなんでもなく、同じで意味がないこと。

「…不健全なほど遊んでいれば仕方の無いことだよね。まぁ、買い被りすぎでもない、と言う点は感心するけれど」
「自己評価よりも他人は私を買い被っていたみたいで。そのわりに遊んだ存在がはっきり割れちゃった」
「ドンピシャだったってこと?」
「大丈夫、先生以外」
「それはわかる。瑠璃ちゃんは好きな食べ物を教えてくれない質だもの」

 すれ違う先生に私は笑い、「林檎です」と伝えても「ふうん」としか言わないこの排他的な関係にも、私は満足している。

「ありがとうございました、先生」

 窓の戸を開けちらっと振り向けば、先生の、パソコンに向かった背中、ハーフアップのお団子が見えた。

 家に帰るにはまだ早いし、ビリビリしたような、呆けたような体に満足はしていない。

 いつも、先生とそういうことをするときは、男は後だと決めている。それは先生が届かない秘部で、私よりもっと狭い世界で生きているということへの、モラルのつもりだ。
 そこから巣立つ生徒という体で言えばこれは健全だろう。

 だけどケータイでいまこうしてサイトにログインし「合法高校生です」などというマイプロフィールを眺めているのは、果たして歪んでいるのだろうか。

 メールが一件来ていた。
 34歳、IT会社勤務、渋谷。はじめまして、たくろうと申します。

 あ、若干変だなこの人。

 …はじめまして、ルリと申します。
 速攻で捨てのようなメアドが送られてきた。

 第三個目のメールアカウントにログインしたとき、「なぁ、」と、後ろから声がした。
 丁度、校門から出ようと言うタイミングだった。

 振り向いて確認した相手は、あの飯島だった。
 ダルそうな腰パン、ダルそうなネクタイ、ダルそうな口調。ダルそうにふと保健室を振り返り見た彼は、「お前、先生とヤッてただろ」と私に言ってくる。

 足が、止まる。

 それを見て飯島は勝ち誇ったようににやっと笑い「マジだったんだな」と言った。

「『誰とでも寝るような女の子』って、ロックだけだと思ってたわ」
「…何?」
「知ってる?ブランキージェットシティ」
「…知らないけど」
「まぁ良いけど満足した?考えれば物足りないと思うけど」

 ニヤニヤする飯島は「俺もいまから帰るんだよねぇ、」と、犬のような息遣いでそう言った。

 無視しよ。

 「たくろうさんのメアドで合ってますか」と送っているのに「何?怒ってんの?」と飯島は私に着いてくる。

 無視を続けてたくろうさんとやり取りをするのだけど、「お前が言ってた通りあの女、股も口もゆるゆるだったんだよ」と、よくわからない弁明までしてきていた。

「でも元からハブだったんだろ?お前」

 新宿の満喫。13号室。防音、完全個室。たくろうさんという男は慣れているようだ。割り切りをよくわかっている。

「何?それとも一回ヤった奴とはヤらないとか?」

 電車は乗り換えもせずに30分もあれば着くだろうか。

「いいじゃんバレたなら。お前も凄く良さそうだったじゃんって、なぁ、ヤラしてくんない?聞いたけどあれから谷田部とも|栗原《くりはら》ともヤったらしいじゃん。あいつらよりぜってぇ俺の方がいいだろって、」

 駅に着いた。
 どこまでも着いてきそうだな。
 わかってるくせに面倒でどうしょうもない男。

「うん、気持ち良かったよ飯島くん。凄くよかったけど」
「だよな、俺も1回で3回もとか」
「だからもうやめとくの。ごめんね。近くにいると気も狂いそうだし」
「なんだって?」

 飯島の声は急に、いままでと違う色になった。

 …あぁ、そうだ。

「…飯島くんは本、読む?」

 もしかすると私がそう言ったのも、悪いのかもしれないと、次の瞬間に後悔する。

- 3 -

*前次#


ページ: