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 全部ぶっ壊れて粉々に砕けてしまえば良いと思ったんだ。

 大学時代の顔見知り、程度だった木宮夕陽。
 人形のように整った、中性的な顔立ちで、キャンバスでしか見ないような「和風美青年」として、密かに有名だった。

 香椎かしい太一たいちはしかし、彼の本当の姿を知ってしまった。
 それはひょんなことで。
 大学が終わった時間、とある教室で。
 押し殺した女の声と、息を殺した男の濡れた呼吸が聞こえたのだ。

 すぐにわかったがどうにも、太一にはそれを覗いてしまう好奇心が勝った。
 好奇に満ちた表情の、自分が知らない髪の長い女子生徒と、あの木宮夕陽が、堂々とセックスをしていたのだ。

 女は壁に押し付けられ、それでもよがるように、しがみついて、右足首に引っ掛かったパンティを見せつけるように上げていて。しかし顔は快楽だ。

 小柄な体格と、それでも女の右足を持ち上げる木宮夕陽はしかし、確かに欲情はあるのだろうがなんとも淡白な表情で着衣もそれほど乱れず腰を動かしていたが。
 女が「ぃぁっ、」と顔を歪めた瞬間と木宮夕陽が少し薄眉を歪めて目を閉じ、少し唇を噛んだ姿にどうしようもない情を見た気がした。

 少し背が痙攣した気がする。
 しかしあっさりと木宮夕陽は女の足を下ろし、ズボンのチャックを上げてベルトを締めれば、一筋、喉仏までじんわりと流れた汗が夕焼けに光っていて。
 女がその場で座り込むのを冷酷に眺める木宮夕陽が、ふと、横目でこちらを見て太一は焦燥よりも、少し興奮してしまった。
 何事もないようにこちらへ歩いてきた木宮に、女が漸く「…うわっ、」と太一を睨む。

 太一はそれに動けずに居た。確実に歩いてくる木宮夕陽を前にして、正直息を呑んだのだ。
 目の前まで来て一瞥され、少し横にずれれば木宮夕陽は後ろ手で扉を閉め、またその冷たい目で見る、
 かと思いきや少し恥じらうように伏せ目でそのドアに凭れれば「…見てた?」と聞いてきた。
 初めて聞いた木宮の声は、やはり少し中性的に低くも、高くもなかった。

「…まぁ、」

 漸く絞った声がそれだった。

 木宮はそれから俯いてはその黒いシャツのボタンを何個か開けて鎖骨辺りを見せてきた。

 鬱血痕。
 こんな年齢ですらそんな稚拙な相手がいるのかと、なんのつもりだか正直に太一にはわからなかったが、その白い肌に映え、痛々しかった。
 すぐにボタンを締めれば、消え入りそうな声で木宮夕陽は言うのだった。

「これが愛の証だと、言われたんだけど」
「…お前、」

頭おかしいんじゃないか。

 それは飲み込んだ。いくつかあった。群衆の貪欲を見せつけられて、何を返答しようか、皮肉しか、浮かばない。
 飲み込んだのは、彼が少し、悲しそうに見えたからだった。
 何を生かすべきか、感情に鈍色の混濁しか沸かなかった。

「…内緒にしといて」

 求めるような妖艶さは果たして、欲望の後の倦怠なのか。
いや。
 彼はそれから寂しそうに笑った。それがまるで慈愛のような、ネオンのような光として、太一の心に引っ掛かった。
 何かを渇望し、何かを求める、そんな利己が垣間見えた気がした、その一瞬で。

 彼はどうやらデッサン画の美青年らしい。
 立ち去ろうとした彼に太一は「あのさ、」と声を掛けた。
 間を置いて振り向いた彼は、汗のようにも、泣いているようにも見える雫を頬に浮かべていた。

何故か。
わからなかった。
急に興味が沸いてしまった。

「…友人にならないか」
「…え?」

 出てきた自分の言葉に太一は驚愕する。
なぜそう言ったか自分でもわからないが、彼はどうやら傷付いている。

 何が悲しくて女とセックスをするのか理解が出来ない。
 だがそれは救いの手だったのかもしれない。
 「ホントに?」と、無邪気というか、子供のように聞き返した木宮夕陽はそれからニコッと笑って言った。

「変な人だね」

と。
 彼に通う性がどんな意味があるのか、その時は知らなかった。

 そんな、なんとも言い難い出会い方をした友人はそれから数年、親友として共にいることになるが。
 夕陽は太一の予想よりも遥かに廃れた性格であり、女に困ることはなく。
 だが男にはない、女のような感性の「セックス中毒」だった。なんなら同姓でもいいらしい。なのに、どうにも恋愛には発展しない男だった。
 しかしその男の声はどうにも、相手に届かないようで。
 彼は本当は無条件な愛が欲しいなどと言う貪欲な男だったと、数年掛けて知るのだが。
 今振り返れば錆びた残像のように思えてならない。

 彼は、自殺する前に漸く一つの光を手に入れた。
 本気で初めて恋をしたらしい。
 だがそれは太一のカルマに火を灯してしまった。

「僕はずっと、愛されたかった。本当の愛を知らず、ずっと」

 彼は時折こうして、過去に、何かあったのだろうかと勘ぐらせるようなことを平気で言う。

 だが何があったのか、知ることはないのだ。彼は、自分の過去を語らないが、知り得たのは母親に捨てられたというありきたりなことだった。

 いや、太一自身にはありきたりではないが、こうも絵に書いたような美青年には、何故だかこちらが夢を見せられているような、面白さがあったのだが。

 多分それだけではないと気付いたのは、太一がある日、「彼女を紹介したいんだ、是非君に」と言われ、
彼女と同棲している夕陽の家に行ったときだった。

 タイミングが悪かったとしか言いようがなく。
 二人は愛し合っていた。
 あのときとは違う、夕陽の、ひっそりと笑う幸せそうなあせばむ笑顔。彼女の幸せそうな快楽に。

 なにより綺麗に見えた、その愛の交わりに。
 酷く嫉妬をした自分に太一は驚き、気付いた。

 なるほど。
 俺は木宮夕陽の空虚な美しさにすっかり惚れ込んでいたんだ。多分、一目見たときのあれからずっと。
 乱れもしない神のような情交を崇めていたのだと。
 激しい憎しみを抱いてしまったのだ。

 だが二人は、時間が経ってからまた出直せば、何事もないように、ニコニコと、恥じらうように、しているのが。
 どうしても壊したくなる衝動だったのだ。

 だからある日。
 夕陽が留守なのを確認してから「結婚祝い」と称して押し掛け。
 彼女をめちゃくちゃに犯してしまった。
 泣きわめくも快感、暴れ狂えば口を塞いで。
 今までの片想いの鬱憤が全て爆発した。

「いやぁぁ!」

 と泣く女を見て笑いすら起きた。

あいつ、この女をどうやって抱くんだよと。
俺にも見せない幸せをどうやって快楽とするんだよと。

 頭のなかで泣き叫ぶような、
 よがるような夕陽を想像した瞬間に大体達せた。それに驚きも虚しさもあり。
 何回ヤってどれだけ血が出て緩くなったか。飽きた頃に平然と帰った。

 それからだった。
 夕陽と連絡が取れなくなり。
自分は夕陽をストーカーのように、後をつけたりするしかなく。
 すぐにわかった。
 産婦人科に二人で通っていた。

 そして。
 あの日が訪れたのだった。

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