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「…慎重ですね。
 確かに、今は俺くらいの…遠さが、丁度良いかもしれませんが、では、ひとつ腹を割らせてもらっても宜しいですか?この際」
「ええ、快く」
「俺はあいつほど繊細でも…立派でもないですから、実は記憶があまりありません」
「………え」
「まぁここ2年、より前…一定期間なんですけどね。
 感覚的には京を出てすぐ北海道で役人になっていたんですよね」

 どういう反応か。
 清生は慈悲深いような…悲しい顔をする。

 なるほど、あいつは本当に殆どを、この人に話していないのだろう。

「ここへ来る前…共通の知り合いの遺族に…話さねばと話してみれば、随分と心変わりはしました。その空白の期間が埋まったような。
 ただの思い過ごしや、歳かもしれませんけどね…なんだか違和感がある。
 それを踏まえて。俺はあいつを助けられやしません。
 が、あんたらがやりやすくなるかどうか…これは賭けでいいんですかね?」

 清生は柔和な表情で頷いた。
 確かに多分、仕方の無いのだ、医者坊主にはわからないらしいから。

 しかし今ある状態から豊かになる、それはつまり執着、哲学は仏教に於いて課程、柵の段階だ。
 坊主には出来ないし俺にも出来ない。

 なんとなくわかったしと、茶坊主が湯呑みを下げに来る頃には話し終わり、本堂を出る前にひとつだけ、どうしても聞いた。

「あの…。
 尼さんの格好は、何故に?」
「あ、ですよね。
 隠し事…という意味合いも正直ありますが、お手伝いだなんだとね。でも……いや、詳しくは本人に聞くのがいいかな。
 私が答えるとしたら“さんすくりっと”、元来の|印度《インド》由来です」
「…なる…ほど?」

 まぁいいかと二人で本堂を出、「部屋の準備をしてきます」と、有難い提案をしてくれた。

「墓所は奥です」

 言われた通り奥に向かう。

 立派な墓所だ。
 気付かなかったな、こちらからも水源が見えるのか。

 ひとつの墓石の前で立つ。
 見覚えがある戒名と、真言宗とは違う戒名が二つ足された石。
 自分の家族とみよとその父だろう。そうか、そうしたのか。

 しゃがみ込み合掌をする。
 貴方達には、本当に世話になった。

「打ち込み式ですか」

 般若心経を読もうかと思った瞬間、あの、聞き馴染みのあった声がする。

 あぁ…ついに…。
 生きていた。
 ……生きていた。

 と思った瞬間にはカシャッと音がし、見れば尼さん、翡翠がル・フォショウを左手で持ち「これ、実用性に欠けますよ」と方目を閉じ、獲物を狙う仕草。

「おまっ、」

 あっさりこちらにポンと返してきたが、なんて野郎だこいつ、全く変わってねぇなと拳銃囊に素早くしまう。

 こんなもの物騒で仕方ないわ、と見ようとしたが、そんなことをしなくとも頬を手で掴み向かされ顔が見える。
 その左手は、力無く震えていた。

「トキさん」

 …法衣に隠れているが、右肩がぶらんとしているのがわかる。

 撫で触れる元従者の顔自体は…頭巾で分かりにくいがやはり童顔、それほど変わらない見た目なのに年数を感じるのは、纏う雰囲気かもしれない。
 キラキラした眼光はふと零れ落ちそう…感情豊かに感じた。

「久」

 しぶり、とまで言う前に視界がふらっと傾き痛みが走る。

「いっ、」

 音がする程ではなかったが、どうやら頬をそのまま叩かれたらしい。

「こんの、放蕩者ぉ!」

 しかし、怒鳴っているわけでもなく。
 少し呆然としてしまったが、口を吐いたのは「翡翠か、」でしかなく。

「あいそーですよっ!」

 腰が抜けたかもしれないと思ったが、普通に体勢は戻りだただ見返すばかり。
 やはり歳か、翡翠は先程よりも感情露わ…少し泣きそうな表現でこちらを見つつも笑い、「全く、」と吐く。

「っふ、ははは……、」

 あぁ、そうだ。こういう奴だったわ…。
 泣きそうなのは俺かもしれない、こちらは確実に歳だ。

「土方さんと見間違えそうやったわっ……」
「…それこっち来てすげー言われんだけどなんでなんっ、」

 服装と背丈だろうと佐藤に言われて思ったけれども。洋装は確かに珍しいか。多分あいつは洋装で戦ったんだろう。
 そんなに曖昧なのか?記憶は。ピンと来ない。

 翡翠はわざわざ頭巾を取り、すっと右肩上の…よく死ななかったものだ、左手で、首筋あたりまである傷を隠すように覆う。

 そうして目を逸らし「私は合掌が出来まへんので」と、まるで頼むかのように言ってくる。

 …そうだった。
 合掌をし、昔のように般若心経を唱えた。

「聞いていいかわからないが…」
「…ここで聞かせたくないんですよ。
 まぁ、私の話は部屋でしましょ。あまり誇れる話やないんで」

 そうか。

 墓を背にすると、翡翠は外した頭巾を直した。

「みよは、尼さんなる前にこの世を去ったようでしてな…つまり、遺品です」
「……あぁ、」

 そうだったのか

 外套の端をちょんと掴み先を歩き、境内の方へ誘う。

 剃髪をしない所以は傷にありそうだ、それなら尼さんという概念も当てはまる。
 頭巾は女性の髪を現す。色々相まって確かに、都合が良いのだろう。

 …日本由来では浮きまくって目立つけどまぁ、似合ってるよ。凄くね。らしい。

「覚えていらっしゃいましたか」

 悲しみとも…笑いともわからぬ声。

「あぁ」

 …忘れられるわけもなかろう。

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