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「あ、そうだ。今日は観音経をご所望なんだった」
「あ、そうなんですね」
「この前使ったよな。どこに置いたか…」
朱鷺貴が探そうとする前に「あ、はい」と翡翠が箱の二段目、あろうことか春画の入った段から平然と取り出し渡してきた。
「…お前ね、」
「お勉強しました、少々」
どうやって叱ろうか、しかしその気も若干削がれてきた。「全く」としか言いようがない。
けどそうだ、こいつそういうやつだったわと、まぁ取り敢えず勉強したことを褒めない、で気持ちを相殺することにする。
そうこうしているうちに一人坊主が「朱鷺貴殿」と呼びに来た。
せやから言うたやん、と言いたい翡翠と全く忙しいと言いたい朱鷺貴と。
「壮士殿が参りました」
「…行くか。
そうだ、紫陽花は結局どうした?」
「あぁ、わてが引き取りましょう。暫く仏壇が華やかになりますねぇ」
とにかく何も変わることがないけれど、坊主に連れられ二人は大堂に向かう。
今回、故人はどうやら死の前日から最早意識がなかったようだ。
倒れたのは二日前、その時点でこんなボロ寺に格式高い家が駆け込んでくるなど前代未聞だった。
何故ここなのかは不明だが、壮士率いる葬列を見て少しだけ察した。
なるほど、どれほど大掛かりになるかと思えば、確かに上段でしかも寝棺。
だが予想よりも参列者が少ないような気がしなくもない。それは恐らく「世帯、三等親のみ」といった具合。
死んだ者にこうも、生者が妙にすがるのは…と、始めから奇妙に感じていたが、やはりそれは深まるばかり。確かに、見映えだけは立派なのかもしれない。
しかし、そこを考えても仕方がない。
朱鷺貴を見た壮士は漸く一晩の仕事が終わった、という表情だった。
壮士に軽く頭を下げて場を引き取る。
こんな行事で、確かに疲れは見えるのだが、どうにも遺族の感情が死んでいるように見える。つまり、何故だかそこまで悼みは見えないのだ。
そうなのかもしれない、手順や経緯を考えても彼らはまるで当たり前だった。こうなることを予想していたのか、準備していたのか。
享年75歳だという当主の顔を覗いた。
長生きの年月相応に老いの疲れはわかる、勿論死んだときの感情などはもうここにも見当たらないが、未練という言葉も見られない。
喪主はどうやら長女のようだ。まるで父親が死んだという様子じゃなく、平然と、いや、堂の出来を見てさっぱりと満足そうだった。
……坊主冥利に尽きるけど。
とにかく自分はまず、彼に引導を渡さねばならない。
一呼吸した。
開く前に表紙の「般若心経」という文字を噛み締めるように睨むのだ、これは恐らく、この寺に来てすぐからの癖。それで思考を一度止める。
生者のための言葉だったとしても押し付け程ではない、何故なら大抵は聞いてもこの言葉の意味を、知らないから。
朱鷺貴は経文を開いた。それは静かで、物音もしない現象。
「観自在菩薩」
深遠な知恵を完成するための実践をしている時、人間の心身を構成している五つの要素がいずれも本質的なものではないと見極め、全ての苦しみを取り除いたのである。
そんなこと。
人はどれ程にその観自在菩薩などという目に見えない、空気に等しい存在に舐められてるんだ。
左右され生き抜いているその現象を、俺は確かに知っている、その気でいる。それ程傲慢な物なんだ。
茶を汲み早々に翡翠は、坊主が既に下げていた紫陽花を受け取り、何か花瓶がないかしらと思ってはいたが、妙に朱鷺貴の経が聞きやすかった。
初めてかもしれないな。普段自分は前準備やらに駆り出されているのだが…。
無受想行識 無限耳鼻舌身意 無色声香味触法
(感覚も念想も意志も知識もない、眼・耳・鼻・舌・身体・心といった感覚器官もない、形・音・香・味・触覚・心の対象といったそれぞれの器官に対する対象もない、)……あれ、トキさん。これ、般若心経やないか?
はっと気付いたときに戸の側で「すんません」と声がした。
廊下は夕方付近の日差し。声を掛けてきた者は白の喪服に花を抱えた若い男だった。
…近親者のみだと思っていたが。
「はい、」
「高柳家の式場はこちらさんで合ってるやろうか」
「はい、そろそろ焼香かと思いますけど…」
この男、数珠が丸いな。急遽来たのだろうか。確かに人の死など決まってはいても急なものだ。
ここの遺族があまりにも事前なようなだけだった、そりゃあそうかと違和感を抱えつつも「どうぞ、」と、翡翠は堂を開ける。
今まさしく焼香が始まろうと遺族がちらほら立ち上がったところだった。
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