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 提灯の明かりは細々としている。
 俺は今、何を聞かされたのか。

「高く売れるやろ?」
「…それは、」

 表の道は華々しい空気であるというのに。

「わ……、…我々の志に反することじゃあなかか、藤宮の」

 動揺してしまった。
 振り向いた藤宮は「あ?」と、懐に手を入れる。
 銃でも出てきたら…いや、と、一瞬で虚勢のように歯を食い睨むことは出来たが。

「“我々”ってのは誰や」
「お前、」
「俺には一人しか見えんけど」

 あぁ……。

「まぁ、」

 藤宮はにやっと笑い「首言うてもな」と調子を変える。
 ころころ、ころころと…。

「商売の基本や。欲しい人に欲しいもんを与えるんは。天皇さんはな、今人気なんやで?そんなもん持っとるから変に気を張らしたな」

 顎をふいっと振った先は手元の壺だった。

 …何か、と言うのは最早わかるのだが、だから“何であるか”はわからないのだ。

「は?」
「高値を出した方にやるんや。それのお手伝いをするんが俺の役目やねん。
 なぁ、あんたらと同じや。それが実態のないもんほど人間は価値をつけたがる。そうやって新しい物、日本を作ったんが、あんたらが言う神さんなんやろ?」

 「早せえや那須」と藤宮は話を終えたとばかりに、また石段を登り始める。

 確かに自分が頼る長州藩は、いま必死に天皇の機嫌が欲しい。いや、機嫌ではない。理由が欲しいのだ。それは己と変わらない。
 …この首がその対価に見合うと言うのだろうか。

 さて、と藤宮が促した場所は、表通りの華々しさとは対照的な家屋だった。

 …宿屋か何かの離だろうか。
 しかし、自分の知る離というものよりも暗い印象、まるであまり誰も出入りをしないような。
 いかにも密会場所と言う方が相応しい。

 ふらっとした様子で藤宮は堂々と「藤嶋さん」と戸を叩き、勝手にがらがらと開けた。

 藤宮は特に返事は待たずにずかずかと入り、行灯が漏れる部屋の襖をがらっと開けた。

「お待たせして堪忍なぁ、お二人さん」

 中には確かに坊主と、顔に傷のある男がすでに座っていた。

「お取り込み中すませんが。
 あぁ、こっち、元勤王堂の那須さん。
 こっち、幹斎かんさい和尚と店主の 藤嶋ふじしま さん、こん人は長州派やねん」

 幹斎という坊主は様子を伺うように那須を見上げたが、手元を見、少しだけ眉をしかめた。
 藤嶋という傷の男は「なんの用だ五代目」と平淡だった。

「呼び出してすまんね。あんさんらにお土産持って来たんよ」
「……その壺か?」

 坊主のみは押し黙る。
 藤宮は平然と笑顔で「あぁ、坊主は見ん方がええかもしれんが弔ってくれ」などと抜かし、当たり前に対峙し座った。

「俺も拾ったもんでなぁ、あんさんらに渡しとこと思ったんやけど、惨たらしいもんや」

 目配せをする藤宮に従い、那須は壺を前に出した。
 間髪も入れずに蓋を開ける鷹に、坊主はやはり顔を背ける。
 やはり……血生臭さと潮臭さが一瞬で場に蒸す。

「ご確認の程を、藤嶋さん。探しとったんやないかて思て」

 けし掛けられた藤嶋は特に顔色も変えず「俺に死人の知り合いはいないが」と、声ばかりを低くした。

「塩塗れやからねぇ。
 数日前に惨殺された姉小路あねがこうじ公知きんともさん言う、公卿くぎょうのお方らしいねんけど」

 藤嶋は黙りこけたが。
 中身の正体を知った那須は「姉小路公知だと!?」と、思わず口走った。

 長州の者たちは今、公家、つまり朝廷に手を伸ばしている。その人物も頻繁に名前を聞く。長州にとって今相当に有力な男だ。重要な事柄の中心人物、だったはず。

「は、」
「なんや?知らんかったん?」
「ちょ、おい、どういう」
「そうか、誰だ?それは」

 凛とした態度で言いのけた藤嶋に今度はこちらが黙る番だった。
 よくわからない。

「……は?」
「生憎と席のみの公卿なら、俺は議会に参加しないからなぁ、知らないやつも大勢いる」
「……藤嶋さん?流石にそれ、笑えへんで」
「………過激尊皇攘夷派の代表格だ、それは」

 坊主がまるで切れ切れなように藤嶋に言うのを見て、もしや本当にこの男、知らないのかという共通認識な空気が流れる。

「過激尊皇攘夷派と言われても」
「お前が言っていた三条さんじょう実美さねとみと共に有名だぞ、藤嶋」
「あぁ、そうなのか。坊主も知ってんだな。具体的にはどうと?
 そんで、その浪人は何の関係があってここにいるんだ?事態が全く掴めてないように見受けられるが?藤宮の」
「……あぁ、」

 異様な空気に流されそうだったが、我に返り「私は長州藩に世話になっちょる身だが、」などと無駄なことを口走ってしまった。
 この男が本当に長州派なのであれば、こんなこと、謀反以外の何物でもないのではないか。

「世話になっている、というのは?」
「形式上、土佐を脱藩し」
「なるほど、武市惴山は故郷を捨てられなかったからな。しかし、なら妙だ。取り入って赦免を図りたいという腹か?」

 ……赦免?

「いや、あんなところ、どうでもいい。だが、私も三条実美氏に同じく尊皇攘夷を志す者だ」
「…それで?」
「…姉小路氏を殺害したんは奸賊薩摩の、|田中たなか新兵衛しんべえと言う男。刀が、そうでした」

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