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「まぁ、そうなるよなぁ」
「は、」
「えっとー…はい、あのー…ずーっとひたすらわからないままここまで来てるんで兎に角俺はどうしたらいいんですかね」
「うむ。
 と、いうわけだ佐久間象山」
「は?」
「言っていなかったがこれの師匠は先日殺害された池内大学の門下だ」
「は……」

 どうやら佐久間の勢いは一瞬飛んだらしい。
 が、「あれは朝廷側の人間です」とまた巻き返した。
 慶喜はふっと袖から扇子を出し「まあまあ」と、お得意に制した。

「我も朝廷側の人間には違いないぞ。
 義父…と言っても年下だが将軍様・・・の正室は紛れもなく孝明様の妹君、はは、不思議だな我の義母に当たる」
「ま、まぁ…」
「親の願いが攘夷、その先に開国があるとは…それが出来たら苦労はしないが、我を推してくれたからこそ言おう、貴殿の主君は真田幸貫ゆきつらだな?」
「そうですが、それが何か」
「我はな、はっきり言おう。この徳川を終わらせるために今ここにいるのだ」

 場が、しんとした。
 その威圧は確かに、上級なもので。

「…っ待ってください慶喜公。そうではない、そんな小さな話ではなく、」
「何を言う?300年が終わるのだぞ」

 ふっ、と黙った佐久間は間を持った後、勢いよく立ち上がり「それでは逃げではないか!」と断定将軍に言い放った。

 ……すげぇっ。

 しかし、しんと静かに目を瞑った慶喜は「逃げでも構わん」と諭すように言った。

「誰が誰のためにどうだと内輪揉めするのはこの長さが良くなかった、違うか?国民を守る為に政治を捨てる、何が悪いのか。我は、一国の王に支えるただの軍兵だ。
 …貴様らがそうしてきたのではないか」

 黙った。

 …慶喜もよく見れば疲れた顔だ。
 そうか、これは飽きたのだ、恐らく。

「大体、我がそうすれば貴殿の言うところの開国は目の前ではないか」
「…そのために学ばねば、意味がわからないままでは」
「わかっている、馬鹿にするな。そのうえで言うのだ」

 …14代の世継ぎ問題は確かに大変だったと聞いていて、巡業中にそれが濃く認識に染みた。

 なるほど。逆説か

 恐らくこの将軍は今後、称賛されない。
 だがそもそも、将軍を代々称賛してきた者などいたのだろうか。

 確かに、徳川家で揉めているようではという根本はわかるような気がした。

 なるほどな、時勢。勉強させてもらった。
 手綱ではない。財布の紐の話だ、これは。漸く藤嶋が言うこともわかってきた。

「それにしては、大分勝手な話ですね、互いに」

 つい口から出た、いや、出した。

 それに慶喜は「そうだな」と悟るように言う。
 この男も、始めから舞台に乗せられただけの、ただの人間なのだ。

「終わるという勇気は、確かに買いますけれどね。あんたは流されず嫌われる方を選んだ、と」
「………」
「人は矛先を作ります。こう無差別に、何も知らない俺に聞かせて良い話だったんですか?」
「……一石二鳥かと。まぁ、我の中で疑惑やらを晴らし、確信したから良い」
「そうですか、では帰って寝たいです。
 そうだ、報告を聞いたって、昨日の件ですか」
「ああ。
 安心しろ、帰りの駕籠はこれの息子、新撰組の隊士だ、つまり、そういうこと」
「シンセングミ?」
「あぁそうか。君たちが壬生浪士組と呼んでいた者達だ。さっき我が」
「…そんな名前になったんですか?」
「あぁ」

 …自己完結も凄いなこの人。揺らぎないのもまた凄い。
 が、つい「ははは、」と笑ってしまった。

「…ご立派で」

 汚れ役にしては、少々人間臭いな。まぁ、どっかの誰かさんもそうだったけど。

 話はそれで終了、と、語らずとそうなった。帰りは目隠しもない。ここまで来てしまえば確かにもう、隠す意味もないだろう。

 こんな高尚な場所に来ることは恐らく人生に二度はないし、断定将軍に会うこともないだろう。

 だから、ぶっちゃけて聞いてみた。

「…それほど悪いのですか」

 これは一応、佐久間の耳には届かないように、帰りだ。

「…坊主なら聞き覚えがあると思ったのだが」
「まぁ、一般人では“職”ではないですけどね」
「気の毒な人だよ。無理矢理まわりの爺達に引っ張り上げられたかと思えばと…まぁあまり話せない」
「良いですよ、怖いんで」
「くれぐれも」
「そちらこそ」

 確かに、行きではわからなかった。その護衛は猿顔だった。

 …しかし、あのクソジジイめ。
 こんなところで名を聞くとは、とんでもないようだな、全く聞いたことがなかった。

 それは、坊主故の由来だと思っていた。大抵、寺の者達は自分の話を互いにしない。

 それにしては…何故だろう、随分寂しいな。あれがなんと答えるかはわからないが、自分はそれほどまでに信用もされていなかったのか…。

 いや、その方がマシなのかもしれない。

 これがもし、あれの利己なのだとしたら、どこまでも許せなくなりそうで…先がないから良い、本当にその通りだ。
 どうして話してくれなかったのかとぶつけるにはあまりに遠かった。

 自分も勝手なのだ。ただ、1度花札をしただけの相手に実の親の面倒事を押し付けた。報いは自分にも、あれと同じだけある。

 勝手にそれから「義父」と名を付けてしまっただなんて。
 本当だったら今頃言いたかったな、馬鹿野郎と。

 先がない不安、先が見えた切なさ。この穢れは多分、あんたもう戻って来れないよ。

 照見五蘊皆空しょうけんごうんかいくう
 幹斎は昔言った、『お前の五臓六腑はその染みを見つけるのに優れるのかもしれぬな、貴之殿』と。だから、直感がそう言った。

「確かに、自意識過剰だよ」

 一人言だった。あの日、幹斎と碁を打ったのを思い出す。

『…それでいいのだ貴之よ』

 駕籠で景色は見えなかった。ただ、思い出しただけの風景。

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