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「…マジか、」

 完全に布石も置かれてしまった。
 というか、付け込まれてしまった。

「だからまぁ君が嫌なら…、いや、ダメだなやっぱり。うんダメ。けど…無理矢理はいままでなかったと思うし」
「ありましたよ」
「…いや、一貫ではあった、確かに。嫌よ嫌よものやつ」
「…うん、確かに…」
「まぁ論点を戻す。君が俺を殺したいほど憎い、くらいであればそれは嫌なんだよ、手を引く」

 …いや何回か殺したいと思ったけど…なるほど嫌よ嫌よのやつ……?

「んーと……」

 ついにフリーズした。
 一度整理というのも必要だが、いつでも仕事はそんなものを待ってはくれないし、それは時間内でやらねばならぬこと。

「て、ゆうかぁ、」

 社長はマイペース。
 やはり、そういうもの。

「ん、考えたけどさ、待って俺に言うけどりっちゃんは俺に好きとか言ったことなくないか、なくなくないか、なくないか、」
「え」

 ふざけるのかふざけないのか渋滞してる。

「あ、ないです」
「…だよね!どっち!?あ、これ考えたら場合によっては俺超恥ずかしく」
「いや好きですけど」

 反射っ!
 しかし、事実!

 今度は社長が珍しくフリーズした。
 漏れ出てしまえばかなりの羞恥だが、なんせトバしている。

「お、」
「はい。えっと…ほ、報告は以上で…」

 というか、色々一気にキすぎてしまって。
 「あらあらはいはい」とハナちゃんママがおしぼりを渡してくる。

 元彼、今彼、漸く一度顔を見合わせてひよった。

「…りっちゃん、」

 我に返って社長は律の肩を抱き「うんうんごめんごめん」と折れてくれたようだった。

「俺が悪かったね、ごめんねりっちゃん」
「ぅっ…っ、」
「あっ…。
 じゃあは〜い、ハナちゃんママが勝手に皆を、お祝いしま〜す。
 ルリちゃ〜ん、ご飯出したげて〜。三大欲きゅ〜!」

 とにかく、拍手をする雰囲気でもないくらいに固まってしまったが、そこからは「あとは勝手にやりなさいね」と、隅っこで腹拵えは済ませることになった。

 始終晃彦は何も言わなかったが、律も泣けば、確かに腹は減った。

 ゴーヤチャンプルだった。なんだか濃い。

 食事を終えてそそくさ、しかしそぞろというものでもなく、律は社長に支えられ早めにお店を出ることになった。

 出る直前に晃彦が、わりとさっぱりした顔で手を振ってくれたのに、手を振り返すことが出来た。

 多分、ハナちゃんママが言ったことが本当なのであれば、
「あー、律の気持ちが今漸くわかったわ〜」
と、晃彦はそれから失恋の慰めを受けるのだろう。いつか社長が刺されないことを祈る。

 車は少し歩いたパーキングにあった。普通の車が停まっている場所。かなり浮いている。

 きっと、これくらいの高級外車が普通に停まっているスポット、他にあっただろうになんでここにしたのか…。

 流れで乗り込んでしまったが、どうなんだろうなと思いつつ「送るよ」と社長は言った。

「社長」
「いや、もう社長じゃないよ社長だけど。何?」
「…この流れはなんというか、どちらかと言えば「俺ん家に来い!」じゃないかと…いや、別に良いんですけど」
「……っはは、いや、良いんだけどね別に…いいよ、来てみたら多分わかる」
「え?」

 あ、ちょっと幸せすぎて忘れそうだった。

 何この反応。悪い予感が過った。まさか実は離婚してませんでしたとか言われたらどうしよう。どうしてもネガティブだ。

「…離婚してないとか、言いませんよね」
「…あ、なるほどね〜、そう来たか。いや離婚はしてる」
「…うーん」
「子供も成人した」
「…嘘っ!」
「ホントホント。俺も実はりっちゃんと会ったとき…てのはあれね、面接のとき。覚えてる?あんとき離婚したてホヤホヤで身軽だった」
「…あ、すいません俺そのときは晃彦と」
「知ってるわっ。なんで別れたの?」
「晃彦はバイの人なんで、女と浮気されました」
「あ〜なるほど。
 おー、なんか俺の中で話が組上がったよ。なるほど元彼とかの話を聞くのも悪くないなぁ、馴れ初めは?」
「え、聞きたいですか?」 
「ハプバー?」
「…そうです」
「ふーん」

 あ、少し不機嫌になった。何、自分で聞いたんじゃん?

 と思ったのが伝わったのか、急に取り直したかのように「お、れの…話は聞く?」と自ら言ってきた。

「まぁ…いや、うーん…」
「じゃあ、離婚の話にしますか…子供が成人したから、ですねぇ」
「え?」
「うーん、ホントに原因はそれしかないな。会社建てたあたりで結構あっちは冷めててね。共同責任者だったんだけども。前任の秘書だよ」
「…え?そうなんです?」
「うん。
 もー歳だし?俺も満足しちゃって、良いかなとか思ってたから自然とそうなったね。これ言うと不安?」

 そう言われてしまえば…そんな気もしなくはないけども…。

「じゃあ…なんで俺なんです?」
「うんそうだねぇ…なんでだろ」
「え?」
「て、今日店に行くまでに考えたんだけどさ。もうわかんないね今になると。どーでも良いくらい好きなんだよ」

 横目で見てきては「不安?」と聞いてくるが、そう言われてしまえば…そんな気もしなくはないけども…。

「でも、恋愛って多分そういうもんじゃない?俺あんましたことないからわからないけど」

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