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「あぁ、あと」
社長は構わず続け、ケータイ画面を見せてきた。
件のSNSだった。
なんのつもりだ全く、と、しかし激昂する前に「はい、」と、社長はその場で捨てアカを削除して見せてくる。
「……んん!?」
「ホントは暫く、何人かの入金を確認してからにしようかと思ったんだけどねぇ」
「入金って…?」
「けど、便利になったね世の中。ギフト券支払いなんてものが」
「入金ってなんです!?」
「何言ってんの?俺の時代は今みたいにタダでAVなんて」
「え、なんですかそれ、う……売ったんですかまさかっ!」
「そうだよ?」
「はあああっ!」
社長はやはり珍しく言葉を詰まらせた反応をしたが、すぐに「当たり前だろ」と言い放つ。
「タダでズリネタ提供なんてしませんよハプバーじゃあるまいし」
眉間に皺を寄せた社長に、どう対抗しようか…いや、もうなんかどうしようと脱力感がじわじわとくれば、それを読み取ったのかはわからない、ただ社長は得意気にニヤっと笑い「興奮したでしょ?」と言ってくる。
「……社長、ハプバー入ったことありませんね、きっと」
「ん?ないよ?やっぱ嗜んでおくべきだったかな?なんせ君とは入り口で」
「そうですね。いや、それはどっちでも良いと思いますけど確かにオープンですし覗き穴は存在しますがそういうのないスペースもある、いやそれ以前に、ケータイ持ち込みは禁止な場所ばかりなんですよ社長」
「あ、そうなんだ。うわあ未知の開拓しちゃった、新鮮だね実に面白いよ」
「そうですか」
「でもそこ、俺が言いたいところの根本じゃないね。かなりの数に見られてムラムラ」
「しないです、私はどちらかといえば多分その見えないスペースを使うタイプでして、私の場合はマナーもありますが」
「多分?」
「………何がしたいんです?」
「俺飯食ってないからさ、」
至ってマイペースだ。昔ハナちゃんママに言われた「タチ専なんて雑なのばっかよ」というセリフが頭を過る。
「木曜日だし空きくらいあるよね、ラブホテル。別に旨くなくてもいいや、探して」
「は?」
「そういうことじゃない?」
社長はつかつかと自分の前までわざわざ歩いてきては、わりと強めに肩を掴み「勘違いしてるけどさって昼も言ったけど」と声を低くした。
読み取らなくてもわかる感情に少しヒヤッとした。
情けない、踏ん張れ自分、と思ったが、社長はふいに優しく目蓋に触れてきて、「仕事、辞めても全然いいよ?」と息を吹き掛けてくる。
律が固まっていると、彼は優しく微笑み「仕事なんてね、」と続ける。一気にあの、病室での社長を思い出した。
「あの時言っただろ?」
「…えっと、」
「君を迎えに行ったときだ。俺は知っていたよ、君がずっと残業ばかりしていたのを。断れず仕事を引き受けまくって、確かに、それで早くチームリーダーにはなれたけれども。
俺がある日夜に言ったことは忘れちゃった?君はよく頑張ってるよって」
え。
でも自然とフラッシュバックした。
激務ではなかった。仕事が遅かったのもあるが、何より晃彦へ気を遣いすぎていた時期。
「精が出るねぇ」
一人の部署で急に声が掛かりビックリしたのだ。すぐにわかった、社長の声だと。
案の定、帰宅しようとしていた社長は末端の自分に柔らかく微笑み掛けてくれていた。
「頑張りすぎないでね、たまには歩こう」
画面を見に来て、そしてそう言ったのだ。
「……忘れてませんよ」
「じゃ、行こう」
「でも…」
どうせ。
「何?ホントにヤなの?俺のこと」
「…そうですけど、そうじゃなくて」
「いーから早く。腹も減った」
待てよ。
「社長、明日もあるでしょう?」
間があった。
が、すぐに「そうだね、」と穏やかに言う。
「だから早く」
「いや、そうじゃなくて…」
「うるさいな、じゃー着いて来いよ全く」
え。
なにそれ、え、若干グッとくるじゃん。
とか、ぼーっとしてしまった隙に社長はコンビニ袋を「はい!」と持たせてくるし、ジャケットも鞄も手にするし。
心のスピードに追い付かないまま結局共に会社を出てしまった。
流されてないか、また、いつも通り、とうだうだ考えているうちにホテルには着いてしまうし、気付けば自分はメニューを開いて「ピザなんてありますよ」とか、秘書のようなことをしている。
あーなんでもいいよ、君は?俺は取り敢えずカップラー…ダメ。体に悪い。なんか食え。えっ。食ってるうちに風呂に入りなさい。どーゆーことです?俺がってことだよ全くりっちゃんってば、はっはっは!
流されたっ!完璧に流されたっ!と風呂場でシャワーの水を見ながら虚しくなる。
結局…なんなんだこれは。
仕事はね?てことはなんだ?セフレは続いてしまったりして、いや、なら仕事は切りたくなかった俺が切りたかったのはこの爛れた関係じゃんっ!頭が真っ白になりそう。
…まだ、自分は傲っているのかもしれない。SNSの自分の投稿を見てさっき気付いた。社長とおやつ休憩に寄ったゴディバだとかまで俺はあげていた。
そう、何が怖かったかなんて、明白なんだ。あげたときだけじゃない、何度もぼんやり考えたことがある。金曜日明けの休日にカフェとか行ったことあるし買い物も行ったこと、ある。
寝るだけじゃなかったよ。
結局やっぱりそうなって、打ち砕かれるくらい荒々しかった、なんなら初めてだった、「早くしてよ」とフェラでがっつり喉まで突っ込まれ、「う゛へっ、」と殺されるかと思ったのは。
いや、わかる、社長は何故か怒っていた。
けど、起きれば「おはよう、律」と、ぼやけてキスはしてくれるような、そんな人。
いっそ、殺して欲しい、その思いのままに。
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