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 なんだかわからないがガタガタして、桜木が少し前沢をぶっ叩いたのはわかった。多分どっちかの靴で、だ。
 ひょっこり、という感じで戻り、「今だ今だ、はい靴、」と窓へ押しやってくる。

「てめぇ待てってコラ、」

 灯は怯える千香に「大丈夫、」と手を貸す。

「行こう、千香さん。俺もうこんなの嫌だよ」

 そう言えば「うん…、」と千香は泣きそうだった。
 抱き締め、「もう頑張んなくていいから、」と、言うこっちまで泣きそうになる。

 そうか、辛かったらしい、どうやら。

 見ないようにしすぎて全然わからなかった、不感症だった、じわじわ感じてくればこんなにも熱い。

 「ごめんね、ごめんね」と繰り返す彼女に、今はまだ辛いけど…いや、言葉がみつからなくて言えなかった。ただ、手を貸すのみで。

「ふざけんなてめぇ!おい偽物じゃねぇか!」
「何言ってんだ2万と98枚の本物の紙だよく見ろ。3時間くらいあるもんねーだ!一銭も価値ねぇなら上等だろバーカ!お前経営者だろ、んな古典的なもん、騙されるか普通!」

 いやいやまぁそうだけど超言われてんなと、まだ揉めている方を見れば、ついには包丁か何かを持ち出した前沢が見えて「やべぇ、」と桜木も逃げてくる。

「ダッシュ!マジ刺されたら死ぬ!即!」

 そりゃそうだわ!
 ツッコむ余裕はなかった。

 車まで走るがそうだった、こっち、裏口じゃんと、玄関から出た前沢と鉢合わせそうになった。
 桜木が壁になり「まずは行け!」と車の鍵を投げて寄越してくる。
 咄嗟にボタンで解錠はしてくれた。

 落とした。

 灯はまず後部座席に千香を乗せ「どうしよう、どうしよう…!」と怯えているのを「大丈夫、大丈夫だよ」とほどほどに宥め、振り向いた。

 カランと言う音が聞こえる。
 そして呆気に取られた前沢が見えた。
 
 桜木はただ、腕を押さえ、こちらへ早足でやってくる。

「桜木さん、」

 鍵は拾ったが、すぐにやってきた桜木は灯を宥めるように背を撫で「乗れ、」と鍵を受け渡し……。
 完璧に血が滴っていた。

「桜木さん、」
「千香ちゃん宥めとけお前は。運転出来ねえだろ」
「いや、あの」
「いいから…早く。多分来る」

 声が絞り出されるようだった。

 従うのが最善だ。しかし、服に血は着いたなと、助手席に乗ることにした。

 ふぅ、と、まるで平気な雰囲気で桜木はエンジンを掛けたが、血生臭い。
 一切の気遣いが無駄になり「桜木さん…?」と千香が異変に気付いてしまった。

「桜木さん、怪我したの?」
「……ちょっと、だけ」

 後部座席から乗り出して見てしまい「あぁ…っ!」とパニックになりそうな千香へ「落ち着いて千香さん、」と、そういえばと灯の頭が冴えた。

「彼、難聴なんだ、だから少し声をあげないで」

 「…ぇ、」と消え入りそうなのに「いや、ごめん」と桜木は謝る。

「怖がらせたな。ごめん。大丈夫気にしないで、ほぼ怪我ない。ただ、そんなわけで俺って抗凝固剤を飲まされてるわけね?」
「…は、」
「から、大袈裟に血が出てるだけ。ホント全然ちょっとかすっただけ、ただ止まらなくて勢いあるだけなんだわ」
「え、それってヤバくな」
「あ、そっか。空回ったな、いま」
「…あの人がやったんでしょ…!?」
「うんそう。だから千香ちゃんは悪くないから。
 そんなわけでマジで着いて来てるから進路変えて警察行きまーす」
「え」

 サイドミラーを眺めたがわからない。

 けどマジであり得るよな、人刺しちゃうんだもんと考えていたら「灯、タバコつけて咥えさして」と、全く普通に言ってきた。

「血生臭ぇし。雨も降ってきた、窓開けらんねぇ」
「うん、いいんだけど…」

 タバコはダッシュボードに入ってるのを知っている。
 取り出して新しいものを開け、火をつけ吸った。
 噎せた。

 けれど兎に角、桜木の口元に持っていけば「サンキュー」と、普通にタバコを吸い始める。

 タバコの煙が、震えている。

「…あんた、おかしいよ」
「…うん」
「なんで、こんな。
 いや、まず病院でもいいんじゃ」
「警察署見えれば諦めんだろ、それから行くよちゃんと」

 少しハンドルは湿ってきているのもわかる。
 本当に軽症かわからないけど、隣で見ていれば顔色が悪くなっているのは確かだ。

「ねぇ、代わる」
「診断書にあった、いい。気にすんな」
「だって…」
「俺がおかしいだけだから。あ、あと人生を2万で買ってごめ」
「いいわ別に言うなぁ!」

 あ、ちょっと声出しちゃった。
 「わーわーなんちょー」とふざけているのでもうなんか、大丈夫かもと思ったけども。

 目についた警察署の前にベタ付けした。一応同時に入ってきた車はなかった。

「あー…着いたぁ…」

 と言った瞬間、桜木は額を押さえてハンドルに突っ伏した。
 疲れたようにそのまま何も言わない、しない。

 警察署の明かりで気が付いた、かなり血色が悪い。

 あれ、本当にヤバイのかもしれないと思い、「ちょっと、行ってくるから」と車を降りるが「んー……」としか返事もなかった。

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