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 シンジが「あ、茜!」と引き止めてきて、学もちょんちょんとしてくるが、振り向くのはやめておいた。

「疲れたな、学」

 手を繋いで家に帰ることにする。
 指をすりすりする、その小さな手。
 本当は恐れるものなんて、特別何もないのかもしれない。
 
 お粥か。作ろうとか思ったことないからわかんないな。てゆうか、おじやとどう違うんだろう。

 結局またコンビニに寄って、お粥を買った。
 学自ら野菜ジュースの前で立ち止まったので、それも買うことにする。
 あたしはパスタにした。食べられるようなら、学にちょっと食わせてもいいし。

 そういえば学の服とかそんな物もない。明日バイト前に買いに行くか、とぼんやり決めて。

 帰って二人で夕飯を食べながら、スマホで動画サイトを漁り、テレビに繋いでグラシアやでんにじのライブ映像も見た。

 ライトがチカチカしたりして大丈夫だろうかと思ったが、学は、あいつらが出てくる度に指を差して目をキラキラさせてくる。

 我慢強い子、でもきっと普通にタフでもあるんだろうな。

 どうやら学にも、彼らの存在は良いものになったようだ。

 結構凄かった。

 はっきり言って、このバンド達を知っていたシンジ、よくいままで折れずにあんな、クソバンドで燻っていたなと思うくらい。

 じゃぁ、試しにシンジに感想とか…思ったことを送ってやろうかと思ったが、いや、とやめておこう。

 中途半端なのが一番よくない。

 ぼんやりと動画を見ていた中、ふと視線を感じて学を見れば、学は何か口をパクパクして言いたそ…

こいちゃん

唇がそう読み取れた瞬間、ばっと、いろんな事が頭を駆け巡り、何より美智佳との青春が甦った。

 こいちゃん。
 美智佳がある日突然、そう呼び始めたのだ。

 こいちゃん、と笑顔であたしを呼ぶ美智佳がフラッシュバックする。
 すぐにあっさり、ここに来て今更、涙が溢れたのに気付く。

 学は心配そうにあたしの頬に手を伸ばしてきて、涙を拭いてくれたけど。

 涙が出たことではっきり、美智佳はもういないんだと、どっさりあたしの身に重く降ってきた気がして「ふっ……、」と、どんどん…喉が絞まるほど苦しくなっていく感情に戸惑った。

 学がただ、小さい身体であたしに抱きつき、空の、空気の声で「よしよし」と言っているのが耳元で聞こえた。

「……学、」

 思い出す。

「お前、覚えて…る?
 髪、引っ張っ、たの………」

 幸せそうだった、あの頃の美智佳に。
 泣きたいのはきっと学の方だ。
 いや、泣けないのだ、学は。なのにあたしはなんなんだ、全く。

「やな、思い、させて、」

 でも。
 ごめんね、だなんて出ていかなかった。

 これはきっと、一時的な方がいい。そう、熱い中冷静に思う自分がいた。

「…学。
 でんにじと、グラシア、一緒に観に行こ」

 そう思った。

 今更思う。
 どうして今、あたしなんだろう。おばさんは何故あたしを呼んだのか。
 きっと意味はない、おばさんはあたししか知らなかったんだ。

 美智佳は学に「こいちゃん」の、なんの話をしていたんだろう。
 それはずっとこの先わかることはないけど。もう、永遠にわからないけど。

 永遠には 君の息が残っている
 曽根原さんの歌が微妙にマッチした。

 そう、あたしには美智佳と共に生きた瞬間がたくさんあった。
 「ただそれだけ」かもしれなくたって、間違いなくあたしはずっと……ずっと美智佳が大切だった。

 でも、何が好きだったのかはもう、溢れ落ちている気がする。

 白い靄に消されていく。

 暫く、情けなくもあたしは学に「よしよし」をされながら泣いていた。
 疲れてきたところで眠くなり、ライトスタンドに置いた小さな袋が目に入った。

 元は、お守りだった気がする。多分、修学旅行で買うような
 中身をころんと取り出し、翳して眺めてみた。

 これが美智佳の一部だ。
 でもそれはもう、声も温度もない物体でしかなくなっていて。

 なんで、あの場の感情で持って帰って来ちゃったんだろう。これに似た背徳感を、今更まだ感じようとしているのか。

 ……一緒に、眠りたい。

 はっと、すぐ側の熱さに目を覚ました。
 …一瞬、美智佳が現れたかと思ってしまった。
 傷のある顔。風呂から上がった学が、あたしを見降ろしている。

 消毒してやんなきゃなと起き上がろうとしたとき、少し開いていた手の隙間から、学は美智佳の骨を取って翳した。

「あんたには指輪あげたよ」

 そう言うと学はこっちを見る。
 学の薄茶色の綺麗な目に耐えられなくなり「あーわかった、貸して」と、袋に入れてペイっと渡した。

「…消毒ね。わかった?」

 返事がないのはわかっているので、構わず救急箱を探し、消毒液と包帯を取り出した。
 これは、ギタリスト故のやつだ。

 学が素直に足を出したので、消毒液を掛けてやったが、痛そうに、でもキリキリと歯を食い縛りぐっと耐えている。

 耐えなくてもいいよ、そう言いたくはなったけど、それを決めるのは学自身だ。

 あたしは、学を応援する位置にいよう、ガーゼを巻きながらそう考えた。

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