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 気を利かせているつもりなのか、シンジは言いにくそうに「取り敢えず…飲み行くか?折角来たんだし」なんて誘ってくる。

「…ごめん、気分じゃない」

 ホントは浴びるほど飲んで全部を捨ててしまいたいくらいだけど。

「あっ……そう」
「…今日はごめんね。
 後で聴いとく。ここ、出来たら上げておくから」
「まぁ、じゃあ、少し話を」

 …なんだ?

「…俺たち抜けないか?ここ」

 …は?

「なんで?」
「いや……俺も正直最近、なんか、」

 まぁ確かに、これはあの二人に言えないだろうけど。
 だったら多分みよ子は、「あんたどっか行けばいいじゃん」だなんて、あたしに言わないはずで。

 ……もしかしてもう、そういう次元でないくらい、すれ違っているのか?この「crash」は。

「…わかった」
「…え、」
「いいよ。飲み行こうか。
 けどごめん、前にも言ったと思う。あたし、男は好きになれないんだ」
「…あぁ、わかってる」
「今日死んだのは……あたしが長年片想いしてた女。言ってる意味、わかった?」
「………そう、なのか」

 シンジは途端に、とても慈悲深い目をし「わかった」、とだけ呟いた。

「じゃあどこ行く?そこのハブでいい?」
「ああ、どこでも、好きに」

 これはこれであたしも、大分クソみたいなことをしているとは思う。
 シンジがこういうヤツだというのは、もう2年もやっていれば当然わかっているからだ。
 多分、それはトシロウとみよ子と同じくらい。

 しかしその日シンジは、全く違うような…なんなら、
「あいつにはお前とみよ子がいねぇとな」なんて、まるで不満の不の字もないような…夢見心地な話ばかりだった。

「茜はさぁ、確かに」

 バーボンを片手にシンジは語る。

「どこ行ってもプレイ出来ると思うんだけど、まぁ、後任だったわけだしな」

 シンジはいつも、音楽の話をするときは楽しそうだ。

「茜は前、どこでやってたんだ?」
「…あぁ、言わなかったっけ。crashとはまた違うタイプの、クッソ爽やかなとこ。Mr.Sunshineっていう。知らないっしょ?」
「…わり」
「別にいいよ。だって、いまでもエレキのサポ募集して、全然安定してないし」
「あぁ、なるほどな。
 まぁ理由は聞かねえけどさ、ウチもこんなだし…それじゃあ、そっち戻ったりしねーの?」
「しない」

 別にあそこを抜けたことにも、そんなに深い意味はなかった。
 ただ、シンジはそれに嬉しそうに笑い「そうかぁ」と言う。

「エレキなんてな、こっちに合わせて当然だろってやつ、多いんだから。
 から…まぁ、やりやすいんだよ、茜は。他所にやりたくねーっつーか…」

 違う。
 ただ、少し物珍しいだけだ。まるで、シンジの話は夢物語のようだけど。

「…あんただって、他所行ったってどうとでもなるじゃん。エレキなんて、腐るほどいるし、あんたより競争率高いんだよ」 

 …我ながらクソみたいなことをしているとは思う。
 シンジはそんなあたしを悲しそうに…優しく見つめてきた。

「あんたが抜けるんじゃ、あたしは辞めるだけだ。言ってる意味わかる?」

 誰かに悲しい顔をして欲しかったのかもしれない。
 だから、「あんたとはヤれない」と言うのかもしれない。
 優しい顔をして上に乗られるのなんて、そんな死にたくなるような想像、したくない。

 その身体の中、肌、どこもかしこもが熱く優しいだなんて、吐きそうになる。あたしはそんな、誰かに強烈に残る存在ではいられない。

 音をボーカルの声帯に合わせられるのも、ドラムやベースに乗っかるのも、ただ右倣えなだけで、言ってしまえばなんの個性でもない。

「…それは困ったもんだな、こんな逸材はなかなか」
「いや、違うな。
 合わせられるってのは、ただの八方美人なだけで、自分の音を持ってないんだよ」

 身体に似合わず、ふと目を伏せ小さくなったシンジはぼそっと「そりゃあ俺に言ってねぇか?」と呟いた。

「まあ、そうかもね」
「お前が俺と寝れたらな………」

 言ってからちらっと横目であたしを見たシンジは、「悪ぃ、間違えた」と、言葉のわりにはそうも思ってないような、表情も哀愁のまま変わらずにそう言う。

「別に。間違ってないでしょ」

 だからあんたとはヤれないんだよ。

 敢えて八方美人に微笑んで「しがみつかなくてもいいのかもしれねーよ」とあたしはシンジにそう言っといた。

「多分、あの二人はあんたがいなけりゃサポ探すし、見つかんなかったらcrashは消滅する。あんたはあたしと違ってリズム隊なんだ、間違いない。
 だからギター募集したんじゃないの?あんたらは」
「…いまは少し違うけどな。
 茜、お前は目を瞑りすぎだ。心に蓋をしてるんだよ」

 …酒が不味くなりそうだな。
 嫌なヤツではないから、特に。

「お前はお前が思うほど無能じゃねぇよ。
 …全く、間違いじゃねぇなら堂々と言うわ。俺がお前を抱けたらなぁ」
「…そんなこと望んでねーんだっつーの」
「じゃあ、間違いだったんだな。悪かった」

 わかって欲しいと思った訳じゃない。
 ただ、黙っていて欲しいところを主張するような「軸」は、チームを悪くする。

「…ま、もう少しやってみなよ」

 だけどそう、あたしもこいつらと同じくらい、無責任で最低なんだ。なんでもこうやって、投げたがるのだから。

 それからわりとすぐに、あたしたちは駅で分かれた。

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