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夜が、来る。
オレンジと紺が混じり合う、寒い時間。
考える、考えてしまう、思い出す。
けれども記憶は曖昧だ。フラッシュバックの先には神父がいた。まるで輝いているように見えたのに。
…どうしてだろう、こんなとき。
駅まで来ていた。電車、あと何駅?何駅だったっけ、でも、もういい、そんなことよりどうしてだろう、会いたい、会いたくなったら堪らなくなる。
スマホを握りしめる。改札は渡らなかった。
近くのタクシーを拾い切れ切れに「渋谷の事務、」いや違う、
「浜松町の自宅へお願いします、」
そう言い切って自覚したら、熱かった。
涙が出そうで仕方がないけれど「自宅?浜松町駅でよろしいですか?」だなんて、他人はそうだ、機械的なもの。
「あ、えっと…違くて」
深呼吸をした。
運転手のおっちゃんはこちらを見ない、けど、面倒臭いなという空気が伝わってくる。
何かなかったっけと思ったけれど、この人の痕跡なんてそういえば残してない…と、スマホを持つ手が震え始め痺れそうな頭の中にふと、まるで光が射すように思い出した。
確かそうだと、ギターケースの外ポケットに手を入れ、くまなく撫でる。
「…取り敢えず浜松町駅行きますかぁ?」とダルそうに言われた瞬間、やっぱり手に当たった。
「…あった、」
ビンゴだ。少し大きめで厚手の紙。
運転手にパッとそれを…ゴツい習字っぽいフォントの「巽一家 江崎会会長 江崎新」側を見せてしまった。
「…ぇ、」
「普通、ヤクザの名刺は貰えないんだからな、レアだぞ」と、関係が決まったその場で江崎に渡されたのを思い出す。そう、これは普通なら持っていないものだ、運転手の反応も頷ける。
「間違えました!」と、すぐにひっくり返し手書きの裏面を見せた。
「…あぁあ、えっと、浜松町の…ここに書かれている場所…で、あってるんですね?」
「はい、すみません……さ、最速でお願いします」
「……わかりました」
それから一切無言だった。
…貰っておいてよかった。
心底安心すると、安心した事実に少し、戸惑う。
でも、仕方がない、どうしてもいま会いたいのだから。どうしても顔が浮かんだのだから。
しかし動悸もしていた。これは多分、いつもなら最初に誠一へ渡している案件なのかもしれない。
いや、どうだろう。…わからないな。
今日は、それよりも。
早く、早く会いたい。
あれ、でもよくよく考えたら連絡もなしで、しかも、直接自宅とか…出会ってから一度もないんじゃないか。だから、貰ったそのまま入れっぱなしだったんだ。
いいんだろうか、いなかったらどうしようか。
スマホを眺めるとつい、やっぱり誠一に言った方が…とも過ってしまい、どうしていいか…でもいま向かっちゃってるもんという若干の甘えた思想でダラダラ、まぁいいや流しちゃえ、と思い始める。
そもそもいつも、電話帳のあ行とた行を眺めながら考察と…気分で決めているわけだし…。
どっちにどうとかは自分が決めていい、そう解釈しているけれど。
何故、背徳感、緊張、言い訳感、自分の希望と不安と感情がこれほど渋滞しているのだろう。
余裕なんてない、こんなことも初めてで。なんでかな、なんでなんだろう。
ぐるぐる、心の整理も出来ずどうしようもないままに、江崎の自宅マンションに着いてしまった。
多分、一週間ぶりくらい。
三千九百いくらか、もういいやと財布から5,000円札を出し「ありがとうございました、あげます!」と、急いでタクシーから降りた。
オートロックの前まで来て、いるかな、いない可能性の方が高い、と思いながら部屋番のチャイムを押す。
ガチャッと出た音に、いた、誰かはわからないけど、と過った瞬間「慧!?」と、驚いた江崎の声が聞こえてきた。
「……はい、」
言うことが途端に消え失せた。
けれども江崎は「どーした上がって来い、」と促してくれた。
俯いたまま、何故だかもう大変すぎて泣きそう、どういう感情かはわからない。
エレベーターでついに座り込む。なんだろう、どうしたんだろう、ただ、もうここまで来てしまったらしい。
ちん、とエレベーターが鳴り立とうとした先に、ジャージで、前髪も下がったオフモードの江崎が待っていた。
はっとした瞬間「なんだ、」と、戸惑いつつも手を差し伸べ、引いてくれた。
「あっ、」
「…驚いたわ、なんだどうした」
「すみません…」
…そのわりになんだか、会ってみれば急に夢のようというか…生きた心地がしない。どこかぼんやりしてしまい、なんとなくそれで一息吐いたような感覚に陥る。
江崎があっさりドアを開け玄関が見えた瞬間、あ、来たわマジで…と、これは実感なのかなんなのか。
「…あー、まず飯か飯、有り合わせだな、飯炊かな…炊いたな、うーん確かロースと卵…カツ丼な、OK?」
「え、」
カツ丼……?
「いいです、え、カツ丼…いいで」
情緒はかなり不安定だったらしい。
取り調べじゃん、と気が抜けた瞬間、「えっ、なんで!?」と江崎が驚いたので気が付く、どうやら自分の目からは涙が出てきたようだった。
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