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 あの作業台に座り側を促してくる波瀬に「本当に気分じゃないから」と、ここははっきり言った、言えた。

「ふーん、何錠あげたらいい?」
「せめて昨日の今日はヤダ。痕も残ってるし」
「恋人にでも見つかった?」
「そうじゃない。風呂入ったら」
「まぁいいや。ねえさ、まさかと思うけどあげたやつ、普通まだ残ってると思うんだよね。渡したピルケースに入れてきただけ?」

 そう言われてはっとしたが「ああ、そうだった」とデタラメが口を吐く。

「まぁ、そうだよね。普通」
「2錠でも満足はした」
「じゃあ例えば就寝前に2錠飲んだらあと二日分か」

 波瀬は「はい、鉄剤」と、PTPシートを1シート渡してきた。

「こっちはたくさんあっても別にいいから1シートあげる。ちなみに一気しようとしても多分不味くて無理だよ。飯も食ったし飲んでみたら?」

 そして波瀬はふらっと冷蔵庫から水を取って帰ってくる。
 ぼんやりしていると、渡されたばかりの鉄剤は取り上げられ、ぷちっと一粒、水と一緒に口移しされた。

 はっとビックリし結局作業台に座ってしまったが、「うっ、」と嚥下する前に少し嘔吐えづきそうになる。
 そもそも錠剤が大きいらしい。

 「ハードだったかぁ」とぼんやりした口調の波瀬を見上げることしか出来ない、…血のような味がして、嘔吐くのを抑え込むように嚥下した。

「うわっ……はは、めっちゃ不味そうな顔!」
「…スッゴい不味いこれぇ…血みたい…」
「クエン酸。ちゃんと飲み込めた?引っ掛かってない?」
「うん喉を通ってったのもわかった多分突っ掛かってない」
「少し続けてみ?なくなったら薬局でも売ってるから」

 普通に水を渡してくれたので有り難く飲んだ。まだ喉のどこかにありそうな気がする…。

 何かを考えていたのだが、クエン酸で一気に吹っ飛んでしまった。

 言おうとしたことを思い出したが、「あのさ、」が波瀬の「あの」とハモり、また互いに黙る。
 「何」と促せば波瀬はどうぞと手で返してくる。

「あの薬だけどさ」
「うん、短時間でばっちり寝れたっしょ」
「うん。3時間なのに凄く寝た気になった。これが“深く寝れば人間3時間で良い”ってやつなんだってわかった。起きたときの不快感もない。
 でも、夢見が悪い気がしなくもないんだよね」

 後付けだけど。理由も意味も。

「…なるほど。あんたきっと試してきたもんね、相性について疑問があった?」
「うん」
「ガッツリ寝たのに夢見たの?」

 とは言いつつ覚えていないが…なんとなく宛がある。

「どんな夢見たの?」
「…母親の夢」
「母親?仲悪いの?」
「まぁ…あっちは毎月お金くれるけど、疎らに。たまに何千円とかもある。けど、家出てからは連絡すらしてない」
「ふうん。で?」

 少し躊躇った。

 …まぁ夢の話だしと、「教会かなんかにいて、」と…やはり、少し詰まり詰まりになってくる。

「あんまり覚えてないけど。母親は……全裸で俺を見上げている」

 話を待つように、波瀬は自分を見ている。

 初めて気が付いた。なるほどハーフっぽい要因。瞳の色が少し薄いんだ。澄んでキラキラしている。

「俺は神父と…儀式、をする。それを、嫌がってるんだ、凄く。でも終わらない。やめてくれと抵抗するんだけど、あまりに俺が煩くて手も足も捕まえられちゃって。
 御神酒的なもので熱くなったかと思えば…怖くて、息苦しくて、涙も出た。そしてふっと意識がなくなる。そこでいつも起きるんだ」

 目を少し伏せた波瀬が手を伸ばし、髪に触れてくる。
 耳に掛けながら「全くの夢?」と聞いてきた。

「うん」
「そんなに詳細に覚えてるんだ?」
「詳細だったかな?結構覚えてないと」
「夢は集合的無意識だってユングは言うけど、いまのはまるで、フロイトの自由連想法みたいだね」

 そう言われると…。

「フラッシュバックの間違いじゃなくて?」

 きっぱりそう言った波瀬に、あっさり黙り込むしかなくなってしまった。

「…漸くわかった」

 波瀬はくっくっくと楽しそうに笑い、また薬棚から何かを持ち出し「仕事の話だけど、あれで満場一致なら今日は型を取って、明日から作り始めようかと思う」と、急な話題転換に「え、」と着いていけない。

 ぱっと、いかにも業務用っぽいプラスチックのパッケージを見せられ、「覚醒剤と向精神薬の違いを話したと思うけど」と…やっぱり着いていけない。

「…うん?」
「覚醒剤、主に日本ではメタンフェタミンが多く出回っていて、昨日風邪薬の話をしたと思う。似てたやつね。多分あんた、風邪薬は飲むなと言われてるんじゃないかと思うんだけど」
「え、いや、」
「あ、そう…。まぁ、鎮痛剤を風邪薬と捉えるなら、確かに止めないかもしれない。
 鎮痛剤については電話で言ったよね?あれと一緒に飲むと却って辛いよって」
「あ、うん…鎮痛剤って、血圧とか下がる…んだよね…?」

 波瀬はまたふらっと、側に座った。

「そう、ODみたいなもんなんだよ。あんたの医者も恐らく、まぁ、あんた使えない薬多そうだからなんとも言えないが、薬ってコロコロ変わるでしょ?同じ用途で飲むにしても」
「うん」
「乱用防止の観点なんだけどね。
 長年同じタイプを使うと、身体がルーティンとして覚えるから、寝るために飲んでいたものという認識が、飲むときに寝るに変化し、飲まないと眠れないになってくる。だからたまに、違うタイプに変えてみるんだ」
「…なるほど」
「最初は確かに、前の薬が身体から抜けきってないから、副作用がわりと出ると思う。ま、ぶっちゃけ効果の欄と副作用の欄って書いてあることあんま変わんないけど、物は捉えよう、かな。
 大抵は数日間、前の薬の方がよかったなって思うでしょ?」

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