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「腑に落ちねぇ」
江崎は、下北沢に向かっていた。
「……波瀬ですか」
「そいつもだけど。
あれほど見事なもんをと考えると腑に落ちねぇが、」
それは、慧が持ってきた“精神安定剤”だ。
「俺たちじゃ崩せねぇ。慧が言ったことが事実なら、波瀬は堅気の薬剤師だろ?結局今、知識を見せびらかされただけだ」
「子供にはよくある話じゃないですか、工作なんて」
「校長先生に呼び出し食らうな、表彰状っつって」
「…向かうの、やめます?」
「いや、面は拝んで帰る。どういうヤツかわからんと手の出しようがない」
「…例マトリですか?」
「ピンポーン。流石だね多摩ちゃん。
シャブかどうかだけなら俺らだって初日には出た。マトリでも、もう3日目には出てるはずだ」
「そうですねぇ…」
「合法なのは確実になったとしても…ブツはあるのに何故あいつはまだ何も動かないのか…何を泳がせてやがる」
「確かに…性格的にもそうですねぇ…でもまだ、それほど経ってないのでは?」
「激戦区だぞ?いくら外堀埋めるにしても遅すぎんだろ」
「確かに…。
加賀谷くんはどうだったんですか?」
「病んでる」
「…は?」
「お前この前会ったじゃん」
「ええ。会長も上機嫌だったじゃないですか。エビチリ作るくらいには」
「ダメだなぁ。
なんか会う度…病んでんだろあれ。お前さては病んだことないだ……」
あっ。
「俺と波瀬を消し去りたいのか」
なるほど…そう来たか腹黒陰険根暗野郎。
「…え?」
「いや、単純に。
薬事法違反や医師免許系やら、ストレートにサツだけ使ってそっちで引っ張った方が早いよなと。合同で外回りしても確実に潰せるが却って遅くなる。が、堅気とヤクザがくっついたらどうだ?」
「なるほど…」
「マトリらしいと言えばそうだが…こっちが折り込み済みだとわかっているはずだ、だから、しないね」
ストンと落ちた。
「…つまんねぇなぁ」
本当にガキみたいなやつだな。
破壊でしか手放せないのなら、そうするしかないとでもいうのか。
まるで爆弾だ。
「それなら、この件、今は打ち止めた方が」
「ヤクザは時間が命だぞ?優柔不断はすっ飛ぶぜ。
まぁ、好都合だ…ちょっと頭来た。たまには使ってやるか。
丁度目障りなのいたな、花咲のお目溢しが。ジジイの冥土の土産にも良いんじゃないか」
「…待ってください、そんなに簡単に乗って良いんですか?それじゃ前回と」
「まぁ多分、理由なんて後付けなんだよ」
「…とは?」
…いや、どうかな。
「ここに来て欲が出たんだよ、辛うじて続いているだろう先輩との職場環境や…なにより慧だ。
俺はあいつの興味下にないどころか、邪魔なんだろうな。切るなら、今がチャンスだ」
それは実に、一番シンプル克つ、人間らしい落ち方なのかもしれない。
真下に、ストンというのが。
ただ。
「…柄になく感慨深くなるもんだな」
今更何かを、というのがどうかしていた。だから身を捨てるこの場所にいたんじゃないのか。
「…甘やかしてましたからねぇ、会長」
「…そうか?」
「はい。でもなら…私には、平良は加賀谷くんも捨てる気なんじゃないかと」
「それはそれでいいんじゃないか。全部、元通り。ホントはそれが一番良い、だろ?」
もう少し早く気付けばよかった。
一体何を、蝕んでしまったか。いや、何に蝕まれたのか。
「なぁ多摩。
どうして人は何かを押しつけるんだろうな」
「…は、」
「それが嫌だから、俺ってヤクザやってたんだよな」
自分がただ優柔不断だっただけだ。挙げ句にこの様とは。
「…着くまで、悪いけど話し掛けないでくれ」
「……わかりました」
多摩はそれから黙っていた。
「ホント、碌でもねぇよ…」
東口に着く。
地下の店だった。
休日だからだろうか、いや、休日のクセに、なのだろうか。看板は「close」になっていた。
「多摩、」
「はい」
多摩から権利書の写しを貰おうと思ったが「やっぱり…」とそれはしまわせ、取っ手を引いた。
天国か地獄かの扉はあっさり開いてしまった。シンプルな作りの扉だったようだ。
「すんませーん」
確かに、金属類を取り扱っているようだ。
端からそれに穴があったのか。やはり、そうだな平良。
「…はい」
カウンターの奥だった。
20代くらいの若い、白髪の…日本人離れな顔立ちの青年が現れる。
…一目で、察した。
「あぁ、波瀬亮太くんかな」
薄い目の若者は「すんませんね」と、全く普通に言ってくる。
却って猟奇的だとすら感じた。
「今日店やってないんすよ。発注入っちゃって」
「忙しい中、申し訳ない。少々挨拶をと。このビルのオーナーになることになって」
「…なーるほど。そう来ましたか…」
済ました態度でカウンターに頬杖を付いた波瀬亮太は、ダルそうに「どうぞ」と、向かいの席に促してきた。
肝も座っているな、全く。自我をきちんと純粋に構えている。
促されるまま座ると、波瀬はポンっと手元から灰皿を出し、「吸って良いっすか?」と聞いてきた。
無意識か、親指で下唇に触れている。
気にしたように、タバコを咥えて待つ青年の礼儀。それに「どーも」と、自分が先に火を点け、促した。
ぼんやり、しかしハッキリ自分を真っ向から見てくる青年の目は、とても淡い色をしている。
瞳孔は小さいく読みにくいが、全く動きがなかった。
人は、視覚で大体の情報を得ようとする。
大抵、人間がこんな目をする時は、自分の事や他人の事を無意識下で探ろうとする時だ。
「不動産を介してここを知ったが、オーナーになるに際して君とも話しておかなければならないと伺った。これ、君が作ったの?綺麗な灰皿だね」
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