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「さあ?わからないね」
「知らない?めっちゃディスりラブレター遺して死ぬんだよ?カート。読んだけどマジでヤバかった」
「うわ〜そうなんだぁ。読んでみよ」
「まさしく「どうかしてるぜ」だったけど」
「そんなことないよ」

 確かに俺は、コートニー・ラブではないけれど。
 石丸くんの頭を撫でてあげた。

 それで何故か、石丸くんはずずっと鼻水か何かをすすり「抜いてくれって言ったら怒る〜?」と調子も変わらず聞いてきた。

「いいよ?でもちょっと…上手く出来るかなぁ」
「無理だったらマジ殺してくれ…」

 いやぁ殺しはしないよと言おうとしたら手を取られ、中に入れられたので「わ、」と普通に驚いてしまった。
 熱い!と思っていたら「神様マジごめんなさい」とそのまま手を使われ、なんか凄い…と顔を見ると、石丸くんは目元を腕で隠していた。

 …流石生理現象だ、そうもなると変な気持ちになる…と思った瞬間、喉に何かが流れ込み、側にあった自分の片手に血がぽたっと落ちたのが見えた。
 「あっ、」と言ったら変なところに入ったらしい。噎せてしまい掌で押さえたが、咳が出て血が少し飛散してしまった。

 一瞬にして「なんだっ!」と、見た石丸くんに勘違いをさせたらしい。

「えっ!血っ!嘘、やべえ!」

 俺の手を解放ティシュを出しながら「ヤバイヤバイヤバイ、慧死ぬ!?」と石丸くんは慌てている。

 取り敢えず起き上がり、鼻にティシュを詰めた。

 タオルを貸してくれて「肺のやつかな、吐け、吐いていいぞ、」と背を擦るので、俺は一度石丸くんを制した。

「ごめ゛ん、鼻血…」
「……は?」
「ぐ…ずりのせーで、だまに」
「あーあーあー!鼻血なんだね!?待って、なんか冷やして」
「ダイジョブぅ、」

 もうタオルは借りてしまっていたので、まぁいいやとティシュを取って「ふんっ、」と鼻をかむ。
 石丸くんは「…いや豪快だなぁ…」と唖然としてしまったようだ。

「ふっ………う、うははははマジか!マジか慧!」
「うん実はたまにある…なんでだろ血圧下がるはずなんだけど……副作用には書いてある…」
「あー…よかったのか悪かったのかわかんないけど、俺多分興奮させた?若干」
「そうかも〜…」
「しないって言ってたもんなー…悪ぃ、慧、した方が良いよ多分…。烏滸がましいけど今日は俺で抜いてみて」
「わかった〜」
「…つか…はは、面白っ」
「忘れて〜…ホント恥ずかし…」
「いや無理だわ忘れられないわ…」

 そう、石丸くんが言ったときだった。
 がちゃっと、玄関が開く音がした。

 俺からぱっと離れた石丸くんは表情を変え、部屋のドアを微動だにせず眺める。
 向こう側から聞こえてくる、女の人と男の人の…黄色い声を聞いているようだった。

 ぱっと俺を見た彼はニコッと、まるで今作った笑い方をし、「送るよ」と言った。

「鼻血出ちゃったし」
「…わかった。ありがと」

 ガタガタと家の奥に消えていく声。
 そっか、と気付いた。

 彼は人の色々な感情を不思議と…察知することに長けていて…多分、難しい人生を送っていたのだ。

 特に気を使うわけでもなくガタン、とドアを閉めたのみで、後はまたいつも通り、「こっち、寒いよなぁ」と、普通な会話に戻している。

 多分、触れられたくないのだ。

「これなら帰るまでには、冷めるかな?」
「…今朝、林檎の花が咲いたよ」
「ん?」
「家、農家だから」
「…へぇ、林檎って花咲くんだ」
「石丸くん」
「ん?」
「…こっちではね、寒いを“しみる”って言うんだってさ」
「…あぁ、考えたことなかったや、そっか、みんなしみるしみるって、そういえばよく言ってるよな、冬とか」
「うん」

 家の前まで来て「またな〜」と言う石丸くんに手を振り、引き戸を開けると「おかえりさとちゃん」と、おばあちゃんは玄関までやって来た。

 何故か立ちっぱなしになってしまった俺を見て「どうしたんだ?」と言われて気付く。

 俺なんか、引っ掛かってる。

「ばあちゃん、今日は今から?」
「んーん、今日はどっちでもえーけんど、朝もたくさんやったし」
「うん…」

 俺はその場にギターを掛け、「ごめん、ちょっと行ってくる!」と言えばばあちゃんが「どしただ!?」と出て来てくれたけど。

 少し出たところで、石丸くんが座り込んでいるのが見えた。
 ただ、だからどうしようかなと迷ったときに「ありゃあ、大樹くんだんな?」と、ばあちゃんが追い付いた。

「え、うん」
「そうけぇそうけぇ」

 ばあちゃんはポンと俺の肩に手を置き「石丸大樹くんだんな!」と、突然呼び掛けた。

 はっと振り向いた石丸くんは少し戸惑ったような…けれどすぐに「なんすか…」と、驚いた、いつもしないような素っ気ない態度を取っている。

 気まずそう、そっぽを向くように林檎畑を眺めた石丸くんを見て、ばあちゃんが「ほうら、」と、俺の背をポンとした。

「そろそろ、セミが抜けるで、さとちゃん」
「…うん、」

 俺は石丸くんの側に行き「セミいた?」と聞いてみる。

「セミ?」
「うん、そろそろ夜だか…あ、」

 脱け殻をひとつ葉の裏に発見して、取った。

 「あっ、」と声を出した石丸くんに「林檎の花、これ」と、今朝摘んだばかりだけど、葉の先にあるそれをひとつ摘んで渡してみた。

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