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何日目だったかは、忘れてしまった。
ぐるぐると考えが巡ってしまって、結局朝になっていた。
けれど看護師に「寝てません」とも言えず、精進料理のような朝ご飯を食べてぼんやりと思う。外が見たいなと。
眠れていないせいか、頭は重かった。
真っ白に浮かぶ何かの感情。
多分、俺は今ゾンビみたいに見えるだろう。
けれど忙しい時間だからか、誰一人として声を掛けてくる…医者すらもいなかった。
何階かもわからないけど、学校くらいの高さかもしれない。
久々に見た空は青くて、おかしいなと思った。毎日あったはずのものなのに、こんな時ばかり綺麗に見える。
それは、比喩表現だと思っていた。
重い頭に突き刺さるような朝の光。
日光って容赦ないんだな。そう思ってふと、フェンスから下を眺めてみる。
…屋上って、何気に初めてだなぁ。
学校ではいつも鍵が掛かっている。自殺防止なんだと知っていた。
…結構高いもんなんだな。
初めてだったし、「今しか出来ないよな」と、ただ、フェンスを越えてみただけだった。
…こんな、塗装も疎らな鉄の棒だけでは確かに、落ちちゃう人、いるのかもしれない。
平衡感覚もよくわからないが、俺はここに足場があると知らなかった。
風の乾きすら、胸に感じる。そんなものなのか。
別に死ぬ気もない、疲れてはいるけど。
だからこそ後ろ手できちんと棒に掴まりただ、下もそう、色々なところを眺めてみたのだけど。
コツン、というか、ゴツン、とした衝撃に一瞬ヒヤッとし、我に返った。
点滴を持った少し痩せ気味の、多分かっこいいんだろう感じのお兄さんが俺の隣に凭れ掛かり、タバコに火を点けた。
「…………」
ゴツン、の原因はすぐにわかった。どうやら乱雑に…投げられたような車椅子が視界に入る。
乗ってきた…いや、階段あったよな…。
お兄さんは俺と目を合わせ、タバコの煙をふーっと掛けてきた。
え?なんなのこの人、意味がわからないんだけど。
「こっち寒ぃよな、マジで」
「…え?」
「検査服にカーディガン1枚とか、マジ地元の子供強ぇな、俺無理だわ」
…確かに、お兄さんはヒートテックやらペラペラのどてらやら、the 寒さ対策、みたいな格好をしている。
「いや、たまたま…」
「俺福岡なんだけどさ、来たときはまぁまぁ過ごしやすい夏感あったよ?でも何10月で気温一桁とか。ちょっとよくわかんないわ」
「ふ…くおか?」
「そ。東京の病院が入院3ヶ月記念で7月からこっち来てさ、ラッキー!とか思ったらこれ。東北ハンパねぇわ」
「…福岡ってどこでしたっけ」
福島じゃなく?まぁここが福島だけど…。
「は?バカなのお前、何年生?九州だよ九州。偏差値43よりひでぇな日本地図出来ない派?」
「えっ、九州!?て…端っこ?なんで!?」
「お、偏差値43よりましだ。はは、まぁそうなるよな。
んっとねー…大阪行くじゃん?京都行くじゃん?東京行けって言われて今に至る」
「…えぇ…」
「本当は東京に知り合いがいるからだけどね。この辺は空気が綺麗だからってさ。
確かになー、福岡大阪京都東京よかぁ良いわ。気候にはちょっと慣れないけど。何側気候なわけ?ここ」
「…はは、考えたことないけど太平洋側かなーここは…。
俺は長野…て海あったっけな…そっち行くみたいで、日本海側になるのかなぁ…」
「あ、偏差値45に上がった。長野は確かないな、海。ここと大差ないのかもな」
「…なんでこんなところまで来たんですか?そんなにたくさん」
「んー、こう見えて癌なんだよね」
「えっ」
タバコ吸って良いのかな、いやそもそも病院ではダメだけども…。
「まぁそうなるよな。若ぇから早ぇけど、生きてるわー。初期だったから」
お兄さんはふっとタバコを翳し「きょーは検査全部終了祝い。あとまた東京に一旦帰る」と言った。
「…そうだったんですね」
「君は何部?」
「ん?」
「学生っしょ?」
「あぁはい…吹奏楽でした」
「吹奏楽か…パートは?」
「ピアノです…」
本当はパイプオルガンをやらされそうだった、母に。そんなものはないからこうなった。
「ピアノかぁ」
「あ、でも…そうだった、ギター…買ったんだよなぁ…」
まだ一回も弾けないままだったな。
そう回想に浸りそうになると「ギター!?」と、相手は何故かそこに食いついてくる。
「…はい」
「じゃぁロック好き?」
「んー多分…まだわからないけど…音があればいいかなぁ」
「セルマみたいだな」
お兄さんはふと、どてらのポケットからウォークマンを取り出し、「ほれ、」と言った。
…まるで、「こっち来いよ」とでも言いたそうで、まぁ、そっか、自殺しそうに見えたのかも。
素直にフェンスに登ると、何故か、さっきより怖く感じた。
俺、結構怖いことしてたのかも。
でも、そんな意味も掠れていくような気がした。
左手は少し力が入らないし足もどうやら震えている。
まごつきそうだったが、「やっぱ寒そうじゃん」と、お兄さんがぱっと両手を貸してくれて、あっさりと降りることが出来た。
お兄さんは俺の耳にイヤホンをくいっとはめてきて、「知り合いのデモなんだけどクッソ下手でさ」と、やっぱり車椅子は拾いに行っていた。
「…デモ?」
「そう。あの…まぁ、録音。君、今暇?」
「え、あ、はい…」
「映画観ねぇ?俺も暇なんだよ。固っ苦しくて」
車椅子を畳んで片手で持ち、もう片手を俺に差し出してくる。
俺はなんだか、それに着いて行こうと思った。
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