4
慌ただしく見世に戻る葉月に手を振り一と目が合う。
「…ホント、よかったよな、」
一が肩の力を抜くのが目に見えた。
よくやったよ、一。偉い偉いと髪を撫でる。
照れ臭そうな一を置いて、あても疲れたしと、少しだけ見世で寝ようと思った。
夜は調理場だ。今日は何を教わろうかな、この前は魚を卸した。
…先日、あの調理場の青年に攻められた。仕方もないと軽く相手をしたが、実はそこよりも阿蘇さんとの方が少しぎくしゃくしてしまった、あの日。
阿蘇さんは本当に優しいが、同情と利己は大体一緒だと…まぁ、彼もそれはわかっているのだ。だけどたまに価値観が合わないと感じることがある。
…自分の自尊心にたまに嫌気が差すのだ。あては苦痛を、自尊心に色塗りしてしまおうという器用なことが出来ない。
それをわかって貰おうとした事が勝手なのだと、その気持ちをお互い殺すためにあの日の夜も抱き合った。
確か初めて阿蘇さんの寝所に忍び込んだのは、華の盛りも過ぎそうな頃だった。
勿論阿蘇さんは、まだ本業で売りをするあてと、となれば折檻の恐れもあっただろうが、つまりだから、あてが襲ったようなものだった。
誰でもよかったかと言えばそうではないと塗り付ける。優しさは暴力だというのを、あのときは感じたかったのかもしれない。
それが、坊主事件の日だった。
あの日から謝れたわけではないけれど、そうして流されて行くのが大人の惰性だ。
花瓶に飾った桜を見て、でもまぁ今日は良い気分だと、結局早めに調理場へ向かうと、阿蘇さんが一人で仕込み作業をしながら「よう」と普通だ。
「今日はこっちか。調理場ん時早いよなお前」
ぱっと目が合うとあての顔を見てすぐ「あ、いろはに会っただろ」と言われた。
こくっと頷くと「元気そうだったよなぁ」と笑った。
その手元を見ると、栗と…魚は捌かず置いてある。
ぱっと見て豪華そうで、もしかしてあの子が来るのかと察した。
言わなくても「今日は邑楽様々がいらっしゃるよ」と阿蘇さんは言った。
やはりか。
「少し忙しいぞ」
早めに来てよかったなと、魚を捌こうとしたが「あー待て鯛は迷ってる、飯にするかと…」と目を見合わせた。
まぁ鯛飯なら焼き魚じゃないし、いいんじゃないですかね?
と首を軽く傾げれば「飯にすっか」と納得したらしいので、鱗を取って蒸し器に入れた。
…今日は豪華だ。少し嬉しい。
まぁ、太夫の飯が質素なだけなんだと仮の引退をしてから知った。
芋も焼き魚もダメとなると、昼の蕎麦が一番豪華だったのだ。
「お前、鯛飯実は好きだったりする?」
阿蘇さんにふとそう聞かれたのであれ、そんなに態度に出てたかなと見れば「目ぇキラッキラしてんなおい」と嬉しそうに言われた。
「旨そうに食ってくれんのが一番いいわな、飯は。飯炊けたら1杯だけ先に食っていいぞ」
わぁ、炊きたてなんて嬉しい…!
「早く来た褒美な褒美。裏でこっそり…」
そこまで言ってふと、阿蘇さんは口を濁らせてしまった。
無駄なことを思い出したんだろうと、くいっと肘で押してやると「わ、今やめろ滑る!」と、山菜を切りながら言う。
もーいいですよと目で言えば阿蘇さんはバツが悪そうに「…悪かったな」と謝ってきた。
別にどうでもいいので手元の作業をこなすに務める。軽く蒸した鯛と米とに少しの出汁と薬味をいれて火を掛ける。
まぁ、どれかと言えば物陰に隠れてた変態作家の方が実は頭に来ましたよ。言えないし言わないけど。なんで居たのかもよくわからないし。
んーでも、あの状況で乱入されても腹が立ったかもしれないな、太客になりそうな人だし。
んー、それならより頭に来る気もするなぁ。
まぁ所詮あてらは見世物であり、あては金に困ってないからどうでもいいのだけど、どうせなら会おうと選んだ人だったのになとこちらが勝手に思っただけなのだが。
もう、来ないだろう。でも変わった人だからなぁ。
ああいう人はもしかすると理屈っぽくて、例えば奈木の子供っぽさや阿蘇さんの本能的な物より、実はかなり厄介かもしれないなと考える。
例えば、「何故こんな話を自分に聞かせたのだろう」と、あの文に恍惚とするかもしれない。
それはそれで、見世物としては自然かもしれないな。
あての境遇など、この店の者ほぼ全員が知っている。つまり、当たり前で珍しくもないのだ。
料理は時間を忘れる。
鯛飯が出来た頃にはちらほらと皆が集まっていた。
鯛飯を飯櫃に移し、身を崩してすぐ茶碗に盛った。
料理人達が「み空さん料理上達しましたよね」とか「うまそ〜」と言うのにあては約束通り、裏口のすぐ側にある阿蘇さん用の椅子(空いた樽)に座って鯛飯を1杯食べた。
阿蘇さんは自然と「み空が一番に来たから」と皆に言うけど、わざと多めに盛っておいたので何人かを手招きし一口ずつ食べさせてみたりしていると、「み空!こら!」と怒られた。
あてが作ったものですしね?とつんとしていれば、食べた皆は庇うように「み空さん出汁具合完璧です」とか、「鯛もほろほろで丁度良いです」と意見をくれた。
そうすると阿蘇さんが黙るのを皆知っているのだ。
あの青年はあれから皆に知れ渡り、端で気まずそうにしている。少し距離を置かれたようだ。
あては敢えて彼も呼びつけると、調理場が一瞬にしてしんとした。
あては構わず、もじもじとした彼にさっさと一口食べさせれば「…旨いです、」と、彼は思わずというようにポツリと言った。
- 24 -
*前次#
ページ: