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…顔を上げられない。
と思えば、向かいのチャックからぽろんと相手の股間が登場した。
目のやり場に困りどうしようかと思えば、監督は意地悪そうな顔でそれを指し「溜まってんだよ、んなつまんねークソみてぇな連ドラ」と言った。
「機嫌良く撮りてぇなぁ、お前らのせいでいま最っ悪だし」
…ビンビンだ。チャック、痛くないんだろうか。
でも主旨はわかった。
目を閉じどうにか頭を空っぽにする。少し先だ、セブン。そう、それのことを考えようとそれを握り、髪が邪魔だ。耳に掛けそれを口にした。
何も考えない、何も考えないと思考を逃がしたが、がばっと頭を掴まれ急速に突かれた。
咄嗟に離して咳き込むと「はいもうちょっと〜」とすぐに髪を掴まれ本当にすぐ出されてしまった。
ふっと思い出し、歯を食い縛りそうになれば抜かれ、口の中が苦くて…気持ち悪かった。
やりきれなくそれをティッシュに吐き出しても、お構いなしに「さぁじゃーやっか、またな」と、髭面監督は先に車から出て行った。
…すっげぇ気持ち悪ぃ。
しれっと何事もなく撮影現場の椅子に戻った髭面クソ監督の背が見える。
降車し、自販機でお茶を買った。
はぁ…と、お茶で口を濯いでから一度しゃんでからお茶を飲み、口に指を突っ込んでその場で吐いてまた口を濯いだ。
そのペットボトルはゴミ箱に捨て、お茶を買い直して現場に戻ろうとしたが、平中くんが全ての荷物を持ちこちらへ歩いて来る。
…いまの、見られちゃったかもな。
「帰る…」
心配そうな顔で「大丈夫?」と言ってきた彼に極力笑顔で「本当にごめんね」と謝る。
不機嫌そうにふいっと車に向かう彼は「気に入らねぇ」と吐き捨てた。
「運転俺がする」
「…え、いや」
「黙っとけよ、あんたのせいだろ。
今日、この後野島さんのはねぇよね?」
特に言い返しもせず、結局そのまま連れて行かれたのは平中くんの自宅で、玄関でまた壁ガンをされてしまった。
背が高い威圧感。
目を合わせられず顔を背ければ「ねぇ叱られたの?」と何故か言葉は荒い。
「……ちゃんと謝りましたから。次からは」
「…具合でも悪かったんじゃねぇの?今日」
「いや、」
「俺も軽率だったのが重なったのはわかったよ、」
…もしかして、同じように「安い男だな」とでも言われたのだろうか。
「…平中くん」
「何」
「君は、どうして怒られたの…?遅刻は」
「してねぇけど一人で来んなって。
眞田さんにも言われたけど、確かに自分で電車乗って直行はした。自覚がねぇだのなんだのとあの監督に言われたんだよ」
「……ごめん」
「人間そんなことはあると思う、俺が代理を待てばよかったってのもわかった、そこに関してあんたには謝るけどさ。
……あんた、詰められたみたいだから」
「…それは仕方な」
「見せ付けられたよ、あれ」
つい顔を上げてしまった。
彼は平然そうに「一回ほら、見たことあったからリアクションが上手く…やり込めてたかはわかんねえけど」と顔を近付けてくる。
俺は彼をぐいっと離し「な、にか、大丈夫だった!?」と聞いてしまった。
彼が目を細め「へぇ、」と言ったのに、どうやら良からぬことを言ってしまったと察した。
「時間あるよね」
顔を近付け狙ってくるのに「やめてよ、」と押し返そうとするが、彼がふと…後頭部をふわっと撫でるように緩く抱き締めてくる。
腰に腕も絡まり、そしてぐっと唇が唇でなぞられ、目を閉じた彼は熱く深く舌を絡めてきて……。
……唖然。
はっ、として背中をぶっ叩き彼が離れた瞬間、反射でビンタするという、俳優にしてはいけないだろうことをしてしまい「あっ…」と戸惑ったけど。
「………」
俺はいま状況を冷静に理解しているらしい、彼を睨み付け謝るのを止めた。
じっと睨んでいると相手は「そこまですんのが信じらんねぇんだよ、」と吐き捨てた。
「…別に良いです」
「良くねぇよ」
「すみませんね、さぞやお口の中が」
「うるせぇ、」
「そっちがだ、バカにすんなよこのクソガキ…っ!」
しかし俺はどうやら意外と理性的ではなかった、掴み掛かり玄関で押し飛ばす、いや押し倒してしまい、そうまでくれば殴りたくもなってくるが…やり場なく、彼の手首を掴み動きを封じた。
「どうだよからかって楽しいか、なあ、」
「…クッソほど楽しくねぇよバカマネージャー、」
「楽しませてやろか?ん?一回寝たしね?どうだったよ、」
「…そうだな、」
拘束をやめ「はーぁ、じゃあお風呂借りるわ」と半身を起こし退いてやろうかとすると、彼が起き上がりぐっと強く抱き締めてきたので「……はぁ…?」と、頭が真っ白になりそうだった。
「…じゃぁ抱くよ、抱くけど多分あんたが思ってるようなんじゃない」
「…何言っちゃってんの?」
離れた彼はとても…泣きそうなような、切ない表情で俺の頬に触れ「抱かして」と、震えそうな声で言うのに…脳が思考を停止させた。
そのままでまた熱く…キスをしてくるのだからもう、なんか、何も考えられないやと………でも、心のどこかで触れるのが怖いんだ俺は、と言っている。
芳明の、時々見せる表情がちらついた。
彼は芳明よりも一回り以上若く…頭に“理解”が流れ込み垂れ流されるような。
芳明は多分、俺に対して今の平中くんと同じような気持ちだったのかもしれない。平中くんはそれを芳明よりもはっきりと見せつけてきた、だけで…。
そうだ、彼はきっとこんな表情のとき……息苦しさを感じているのかもしれない。
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