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唐突な芳明の一言に、また二人は間を置き「なんで!?」とハモる。
「ユキ、忘れてんの?記憶障害はないんですよね?」
「…今回のはないと思われますが、何かありますか?」と医師が真剣に答え、更に聞いてきてくれたのに「あ、いいです」とバッサリ、まるで面倒臭いという態度で切り捨てる。
「毎年君の方が言うんだけどなぁ。記念日じゃん、明日」
「………あれ、」
「今日は11月5日ですよ〜!だから明日休暇取ったんじゃん」
「…覚えてたの!?」
「今年は奇跡的に思い出し」
「…ごめん今年のりゅう座の極大、たまたま誕生日…」
間。
「え?マジで?」
「うん、でも記念日覚えてくれてたんだ、てか、だからか…。
流星群の極大って、毎年大体同じくらいの1週間前後で日にち違うんだよ。でも俺たち記念日は6日で合ってる…なるほど指標の合わせ方が違かったんだね…」
「…急に見に行こうと思ったのに、アレも連れて。え、見えないの?今日」
アレ呼ばわりされたモデル(タレント)は「…二人で行けよ!」と気まずそうだが。
「いや、見えるよ。活発というか、ピークじゃないだけで…」
「あの〜…一応今日は患者さま、」
「大丈夫ですというか今日から明日に掛けての今年の記念日は今しかないので」
「…そんな人だったっけ芳明…」
「いーの。じゃあいいや三人記念日に」
「いや二人で行けって」
「いや、三人が良い、なんとなく。君は未成年で、不貞の罪があるしね?」
「…職権乱用来たな。嫌な人なんだか純粋なんだか。でもまぁ……」
平中くんは口を濁らせ「暑いよかいい…」とだけ言った。
医者すら「まぁ…奥多摩は寒いですね…」と、いやそこはそうだけどそうじゃないんじゃないか?という吃り方。
…御前山とか、なんか、「超良く星が見えそうなところで星見ようね!」回も、出会って10年で初めてだった。
点滴が落ちるのを待つ間に眞田さんが来て、「ホンットーにごめんなさい!」と謝ったが、芳明はスマートに対応しつつそんなことより、状態だったらしい。
ちゃっちゃと、ちゃっかりと本当に平中レイアの休みスケジュールを勝手に交渉し、警視庁からもさっさと出て本当に御前山に向かったのだった。
「あれ、芳明」
あれやこれやと過保護に、暖かそうなものまで色々買い込む芳明を見て、平中は正直「似た光景、朝見たなぁ」と思ったが言えず。だが、春雪の疑問には気付いた。
「ん?」
「嫌いだったじゃん」
「んー」
朝、男の人に変えたのに。まぁ別に芳明が好きというアーティストではないが、共通で聴く人に。
Now I'm seventeen…My school is in the country.
都会から離れゆく静かな夜に、英詞が流れる。
毛布にくるまった春雪が助手席からふっと平中くんへ振り返ると、「英詞だからいいんだよ」と芳明が嗜めるように答える。
「まぁ、少し昔を思い出したなって。あと夜はこれくらい爽やかな方が良いじゃん」
「…確かに芳明の聞くやつ暗いよね。俺は好きだけど」
「えー前ヤダって言ってたじゃん。鬱病引っ張られそうで。あれ俺は一周廻ってポジティブだと思うけどなぁ」
「でもこの唄も寂しい感じ?な歌詞じゃないっすか」
夫婦ノロケを見ていた平中くんがそう言った。
流石、やっぱり英語はわかるのかと春雪はひっそり思った。
「…君に言われるとなんかなぁ。次あたりだっけ“I Love you baby”のやつのカバー」
「あ、シャッフルしてるから。あとシャッフルしなくても次じゃないけどあれ?自然に聴いてたけどこれリピってる?」
黙り込んだ芳明に「はは、」と春雪は笑ってしまった。
「そういえば平中くん歌上手いんだよ」
「余計なことを言わなくていーんだよ」
「大丈夫余計なことじゃない、リクエストしないもん」
「……I Love you ba〜by、and if it's」
「配信で流せばいいじゃんか確かに上手いわ」
「嫌っすよ。ちなみに『ジャージー・ボーイズ』については配信で語りましたー」
「…何それ知らない。昭和何年?」
「平成でーす」
耳鳴りがするだろう山頂までは行かず、ガードレールの側に路駐し春雪を毛布にくるんだまま、三人で星を見た。
あの頃にはない景色。
りゅう座は少しわかりにくい、ましてや都会では、沢山の光に消されてしまうけれど。
「…そういえばりゅう座ってどこにあるかいまいちなんだよな」
「…説明も難しい…うーんとね、夏の大三角形って習ったでしょ?あのあたりで…」
「今は秋だよ?」
「うん、まだ時間的にあまり見えてない…あ、あれがこと座の…」
説明も途中に「あ」と三人ハモった大きな火球。燃え尽きてひゅーっと自然に落ちて行ってしまった。
余韻に浸り、まだ見えないかなと新鮮な、子供のような気持ちで夜空を眺めた。
これから先、きっと何度も、たまに見えない年もある。けれど眺める何気ない日常。
卑怯で、孤独で拙いことも沢山ある、増えていくばかりだけれど。
のし掛かるように背中から抱き締めてくるその人は、「ふふ、」と笑ったような気がした。抱き枕になるその温度より、少しだけ寒い場所。
素敵なことでしょ?と昔の自分に言ってやりたい。答えはきっと、無限にあるから。
春雪が少し側を見上げると、芳明は首を傾げるように「ん?」と、楽しそうな目の色。
明日くらいは、こうして燃やす命に向き合いたい。落ちていくようで、輝くようなその心と。
一緒に生きたい。
「 」
いつもどこか、頭の隅にある言葉。
なんと聞いたのか忘れてしまったその言葉は、自分で塗り替えれば良い。
感慨深く、春雪は呟いた。誰も拾わないかもしれないし、訊ねるわけでもない、別の言葉を。
完
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