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 教員は基本、授業の始めは点呼を取らない。多分、名簿を見て名前を視線でなぞり朝の点呼と合わせて人数を数えているのだ。

 授業の最後にノートが回収されることもあるし、教員の板書が授業終了ギリギリまでになれば、各教科の担当が後でそのノートを回収し、次の冒頭でノートが返却される。

 教科にもよるが板書では結構、要所要所でチョークの色が変わる。
 それは小中高と変わらないし、説明があったことは多分、ない。あったとしても小1とかではないだろうか。

 例えば今の社会の先生は、なんとなく年表は青、人物名は黄色だし、事件は赤で場所は緑で書いている。

 それは、たまたま見えてしまったのだった。

 ノートが返された瞬間、久瀬が固まったような気がした。
 何気なく洸太がそれをぼんやりと横目で眺めると、ノートの端っこに「もしかして、色盲ですか?」と書かれていた。

 それを見つけた洸太は、自分のノートと久瀬のページを比較した。
 確かに…久瀬のページはどうも、自分とは違うように色分けしてあるようだ。

 文字列で意味は理解出来たが、洸太はなんとなく“色盲”という単語をさくっと検索しようと思った。
 スリープモードを解除すると、ロック画面にSNSメール通知が来ていた。あの「キープ」からで、放課後に話せないか、という内容だった。

 どうでもいい通知をスライドする。

 検索エンジンに色盲と打っている間に、色弱異常という単語が候補に出てきた。
 この時点で意味を確信したが、虫眼鏡ボタンを押せばバンっと、記事を開かなくても意味が表示されていた。

 目の病気、正常とされる大勢の人とは色が異なって見えてしまう…………色の区別がつきにくい、日常生活に支障が………。

 なんだかなと、スマホをスリープモードに戻して考える。

 こいつ、確か美術で賞を取っていたけどな。検索での書き方もよくないような気がするし、教員もそれを指摘をする必要があるのか。本人が独自にわかりやすく記している可能性だってあるのに……。

 そうは思いつつ、少しだけ魔が差した。
 多分それは、この教員と同じ原理の心理状況。

 教員が丁度、年表を書いたタイミングだった。

「あ、青切れてんな」

 これ以外であまり使わない色だし、きっかけとしてはあり得るようであり得ないだろうけど。

「久瀬、悪い。青借りていい?」

 あれ、もしかして。
 初めて話し掛けたんじゃないか?

 久瀬はふっと洸太を見つめてくる、その目の茶色はとてもキラキラしていて、やはり見惚れてしまったけど。

「いいよ、はい」

 久瀬はあっさりちゃんと、迷うことなく青のボールペンを渡してきた。
 なんだ、そうなのかと思ったが、ふと見れば人物名と場所はどちらも赤で板書しているようだ。

 なるほどねと、それからその青いボールペンを返すこともなく社会の授業を終えた。
 久瀬を観察していればやはり、その色になると一瞬迷っているように見えた。

 板書を終えいつも通りにノートを回収されても、本人はペンに関して何も言ってこない。
 休み時間に入り久瀬がちらっとこちらを見たのはわかったが、他の授業ではわりと赤と黄色ばかりだしと、洸太はキープへメールを返すことを優先した。

『いいよ。放課後教室来てね』
『わかった』と。

 どうせ、なのだ。
 普通、あんな状態で放課後、この、ヤったことがある場所になんて来るわけないだろうに『わかった』だなんて。

 お前だってなんだかんだ言って、例えばあの、後輩食いの先輩に腹が立った鬱憤かもしれないし、ただ気を引きたいだけかもしれない。

 これで本当にそんな流れになって乗るようなら、本当にそうなのだ。互いにただの棒と穴の認識。

「ごめん久瀬、今日ちょっと、借りててもいい?」
「いいよ」

 いつ返すとも言わない。
 「悪ぃな」とおどけた調子で言う自分に、我ながら性格が悪いな、だなんて。

 きっと部活とか、あるだろう。会える確率があったならなんて…はは、会えたらなんだと言うんだろうか。

 この興奮は知っている。下心だ。
 久瀬がどんな顔をするんだろうかなんて、そう、多分久瀬は迷いなく青を取って自分に貸した。青色なら識別が出来るのだ。

 それから授業中、それなりに立ち回りなんとなく情報を得た。色弱には赤と緑あたりの判断が弱いタイプが多いと。信号機の赤には、バツがついているらしい。

 …ただ、ひとつ気に入らない点は自分自身にもある。だったらなんだと言うんだと。
 そして何故、こんなことで子供の頃の、あの純粋さを思い出すのか、なんてあたりが。

 どちらかと言えばあのときと違うのは多分、自分の現状は「好きな子を苛めたくなる」ヤツと同じ気がする、と思ったのは、こちらのホームルーム終了を待つキープを見掛けてだった。

 沢山いる他人の中で話題の女がロッカーの前で一人立っていれば当たり前に野次馬がそわそわしだしていたけれど、キープは久瀬とも目が合う位置にいるわけで、久瀬は恐らく察したのだ。

 ホームルームが終わった後のひっそりとしたざわざわを掻い潜り、久瀬はさっさと教室から出て行った。

 洸太もそれを恩恵としすぐに教室を出て、女を奥の、今は使われていない教室の前へ連れて行った。

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