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真樹がいないと、家に帰って来た実感が沸かないのは学生時代からだ。
朝方に酒や女の匂いのまま平気で帰ってきやがって腹が立っていたし、それに俺が病んだ時期はあった。
しかし最近は、俺か昴くんの家。昴くんがいま忙しいと言っていたが、多分違う。
昴くんはあぁ見えて気遣いだし、そろそろバンドに戻るかなとか、気遣ってこちらに返してきたんだろう。
渋谷で寝こけてたり漫画喫茶に泊まったり、何より女通いがなくなっただろうことに安堵はするが、それなのに俺はなかなか進めない、進まないでいる。
わかっているからだ。真樹と俺が例えば間違って付き合ったとする、いや、付き合ってなくても若い頃にあったこと。
どこか気を遣っていたんだろう。真樹は出て行ったのだ。
それは、俺の気持ちを知っているからだと、知っている。
だけど昔より、こうして然り気無く抱き締めるというか、腰骨に手を置いても何もない。細ぇな、浮き出てる…けど好き…と撫でていたら、イライラしていたし疲れているんだろう、徐々に股間に作用していった。
「文杜」
「はい」
「ライオンの交尾見たからって」
「スマセン、いやぁ怖いな…」
うおおおおと叫ぶライオン。怖い。よく楽しんで見れるよな、これ。頭の匂いをくんくん嗅ぐ。余計に勃起した。
真樹は特に何も言わない。
調子に乗って割れ目に当てても夢中でライオンを見ている。
ここまで大人しいと、お前はどうなんだと股関を確認したくなったが、急に画面が変わった。
先住民族的なおっさんが、殺した鳥を木の棒的な道具にぶら下げて運んでいる映像が流れる、なんか説明してる。
…さっき食った唐揚げが逆流しそうになり「う゛っ」と声が出る。一気に萎えた。
それに真樹が振り向き見上げ、「どしたの」と聞いてくる。
「…いや、鳥が…」
「サバイバルって凄いよね、ロックだわ〜」
おっさんが鳥を潰し始めた映像に「たんま!」と言うと、「ん?」と真樹はまさかの、そこで画面を一時停止しやがった。
「…さっき俺唐揚げ食ったんよ…」
「あぁやって捌くみたいだね」
「…これ、やめん?やめんならマジ便所…」
「抜くの?手伝う?」
「バカバカもうバカ!ちゃうねん、バカなんかお前っ!」
「オナチュウじゃけぇ?バカなん知っとろーよ」
「唐揚げのあとこれはキツいっちゅーねんな!」
「でも事実だよ?豚骨だって似たような」
「だーもう!わかった!」
俺は画面を見ないように、ガバッと真樹にはっきりと抱きついた。
ごく自然にテレビからくるっとこっちを向いたパンクロック鳥頭の真樹はぎゅっとし返してきては髪を撫で、「はいはいよしよし」と言う。
…ったく、一回くらい仕返しに押し倒してやりたいけど。
頭にちらつく、何年か前のこと、俺はあと一歩でこいつを永遠に失いそうだったから。
「……お前ってパンクだよな…」
「パンクではないっしょ。ロックンローラーだけどね!」
「うん…」
悲しいんだよ。
けど、いま聴こえる心臓の音。至って普通で。
気がつけば互いに寝落ちしていた。
起きたのは俺が早かった。
あの自殺未遂から、それが癖になった。
すぅ、すぅ、と微かに身体が動き、鼓動を感じる君に。頬に触れ喉に触れる。
一生これだけでも全然良いやと、こっそり軽く額にキスをし、起きてちゃぶ台のタバコを吸った。
…一生こうして青春していたい。苦しくて、でも楽しくて。いくつになってもそうしていたい。バンドマンは多分、皆そうなんだ。
俺の青春を始めたのは君だ、だからいつまでも喜怒哀楽が出来る。音は一生、出来ない方がいいんだから。
停止されたままのサバンナは、当たり前に削除した。
真樹、俺はやっぱりずっと、君の音だって……好きなんだよと、タバコを消して気付いた。昨日、風呂入ってねぇや。
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