1


「あそこの質屋じゃ出来ねぇってんで、お願いしたいんだが…」

 郭の下男だという者が、皮と三味線を持ってきた。
 この朔太さくたという男は、直近一月未満で3本もの三味線を持ち込んでいる。

 …白粉の匂いに微かな…いくつかの香の匂い。
 
「………」

 朔太自身にもそうだが、持ち込んだ皮にも三味線にも言いたいことはあり、ついつい出そうになった溜息を殺す。
 そんな栄の様子に、「…無理、かねぇ…?」と上目遣いな態度。

「質屋は皮張りはしない…棹の繋ぎも複雑ですし直すのは難しいでしょうけど…そもそも売買する場所ですよね。
 確かにあそこの質屋は、腕のある職人が小売もしているし修理もしてますが…それは売るた」
「そう、そうなんだよ!あそこの質屋、近いし有名だから」
「はい。二本向こうの、質屋、なんですよね?
 質屋の棟には確かに楽器屋は入ってませんね。ここにもよく、質屋の向かいの茶屋や小屋の方がいらっしゃいますよ」
「そう、」
「どこから近いと?」

 その質屋の店主である真庭という男は、その通りの大地主の一人である。
 更に真庭は、茶屋や歌舞伎小屋の大家でもある、というのを栄は知っている。
 質屋の近くで三味線を使うとすればそこしかない。では果たして、どこの郭の下男だというのだか。

「…おいらはあの、あの質屋の先にある…」
「……何棟か先…でしたっけ…?その郭の方は奉公人に三味線を預けるんですか…。貴方は随分信頼されていますね…」
「……はは、まぁ…」

 責めても仕方がないし、何より客ではあるので「さて、」と三味線と皮を受け取った。

 …皮が、薄い。
 しかも遊女が使う細棹の三味線ではなく、中棹とは…。

「…すみませんが皮はお返しせねばなりません。元のこの、裂いたものを外すことは出来るのですが…。
 えっと、棹は…」

 客が「え、」と言っている間に糸を外し分解する。

 あまり目立った傷はないが、少しだけ棹の真ん中の繋ぎが歪んでいるし、糸巻きも擦れている…随分使い古したものだろう。

「私に出来るのは歪みの矯正と、糸巻きを新しくすることくらいですかね。持ち主にはそうお伝えください。
 あと、棹全体に言えることですが、こちらは…新入りさんがお使いでしょうかね?もう少し手の力を抜きスッと降ろすようにして演奏をするか…指掛けの素材が硬いのかもしれません。
 この、ここですね。横。漆が薄くなっているでしょう?もっといい音が出ると思います。勿論、傷みも減る。そうお伝え頂ければ…」
「え、はぁ…」
「そもそもの話で、こちらは郭の女性がお使いなんですよね?…まぁ、ここまで聞くのも野暮ですが、この方には使いにくいのではないかと。小柄な方や女性なら、中棹は大きいですし。事実こうして傷んでいる訳ですからご無理はなされているのかなと。
 修理するより、三味線屋で細棹を仕入れた方が安く済」

 「そんで!直せるんかい!?」と下男はぐっと俯き食い気味で言ってくる。

 …盗品かもしれないと疑いはしていたがとうとう…今回は質屋から買い取ってこちらで直し、色を付けて売る気なのかもしれない。
 一概には言えないがたな店の配置を考えれば、中棹なんて男、つまり歌舞伎役者か茶屋の男娼が使っている、という方が自然である。

 なにより、こうやって後ろも前も皮を割いているものなど、質屋の売り物くらいだ。

「貴方が持ち込んだものは…中棹ですのでこの皮では薄く小さい。形が合わないかと思います。その他はなんとか出来そうですが」
「嘘だろ!?その皮は仕入れ値も随分としたんだ!雌の」
「…うーん」

 下男にしては随分と手が綺麗だと思ったが、黙ってやっていたのに…。

「皮を張る際にはこうしてお客様に注意点をお話しているのですが、この皮は随分安い…雌なのは確かでしょうが…恐らく孕んだことのある猫のものですね。皮が伸びているので薄いしすぐ破けてしまいます。
 最近よく、怪しい鞣し屋が来るんですよ。これは物が違う…という言い方をしますが、それ故にお客様が持ち込まれた皮は張れません。
 ここにも中棹の皮はありますが、先程申した通り歌舞伎や…郭の方もいらっしゃいますので、そういった皮は置いておりません。ウチの皮を使うとなるとそれなりの値段となりますので、どうせなら細棹にと」
「…要するに仕入れた値より高くなるんだな?」

 目を輝かせた下男に「そうですね」と告げる。

「いくらで仕入れた皮かは知りませんが…」
「修理はあんたに任せるよ!
 皮はわかった。どれくらいで」
「本気で直すのならば、棹はこちらで三味線屋に頼みますけれど…」

 不服そうな顔をするので「歪み程度でよければ出来ますがこれで7日と…糸巻きは全部かな、こちらは擦れているので…一から手彫りですね。15日程」と盛って言えば「はぁ!?」と、やはり不満をぶつけられてしまった。

「それじゃあ期……ウチのも常に使うから…」
「でしたら正規の三味線屋で新しいものを仕入れる事を」
「わかった!じゃ、その頃に来る!」

 やはりか。
 「畏まりました」と言いつつ、書類を書かせ、男を見送った。

- 8 -

*前次#


ページ: