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 電気もつけずカーテンすら締め切った薄暗い部屋の中、長年使っているベッドの上に寝転びながらただぼーっとスマホの画面を眺める。最初こそブルーライトが刺激して目が疲れていたが、一ヶ月も同じことをしていれば自然と慣れてくるというもの。
 なんか面白いものないかなあ、なんて呟きアプリのタイムラインをひたすら更新するだけの時間が過ぎる。
 ただ、やはりというかなんというか。時間が時間だけにあまり浮上している人も居ないようだった。こんな時間に配信をしても人だってそんなに集まらないだろう。
 わたし自身が学生なためか、その周りに集まってくる人間も自然と学生が多くなっている、気がする。ちゃんと聞いたことは無いけど浮上時間的に、多分そう。勿論、中には社会人で働いている人間だっているだろうけれど。

「すごいなぁ……。ちゃんとみんな学校行ってんねや」

 そんな呟きも静かに溶けて消えた。
 わたしなんて、とほとんど恒例となっている自己嫌悪に陥る。別に、学校に行きたくないわけじゃない。心の中で誰にも聞こえない言い訳を並べる。

 そんな時、不意にトークアプリの通知が届いた。連続して届く通知に、誰かなんて名前を見なくても予想がつく。
 アプリを開くと案の定予想していた人物そのもので、思わず笑ってしまった。

 毎日送られてくる、わたしを心配するメッセージ。その中には、学校に来させようとしてか楽しそうな情報も混ざっていることが多い。
 それでも中々一歩を踏み出せないのは、まあ、つまり女子って怖いねって事だ。こうなる事を予想出来ていなかったわたしもわたしだけれど。

 文字が打ちにくいので体を起こす。
 ギシリ、と長年使い続けてきたベッドの軋む音がした。ついでに凝り固まった体を解すために両手を天井に思い切り伸ばして、脱力する。
 ダラダラと余計なことを考えている間にメッセージの嵐は止んでいたようだった。休み時間でも終わったんかな。途中から既読に気付いた彼が返信を求める内容へと変わっていた。

 当たり障りのない、しかし昔よりも確実に距離のある返信を行う。個人的には仲のいい友達からただのクラスメイトぐらいの差があると思うのだけれど、受け取った本人がどう思うかまではわからない。謙也、鈍感やしなぁ。
 さっきまで休み時間だったとして、今授業中ならだいたい一時間は既読がつかないだろう。
 そうなってしまうと相手をしてくれる人がいなくなる、のだが。……自分から距離を取ろうとしているにも関わらず暇つぶしの相手になってもらおうと考えている自分がなんだか滑稽で笑えてしまった。アホなんかな、わたし。

 重力に任せたままベッドに逆戻り。ぼふん、と一度だけ体が跳ねた。
 そして最後にタイムラインの更新だけをして、新しく表れた呟きに目を通す。特に興味を引く呟きはなかったのでそのままスマホの画面を落として、枕元に置く。
 ごろん、と仰向けだった体を横に向けると視界に入るのは愛用のパソコン。そういえば最近起動させてないな、と頭では思いつつ、日が経つにつれいろんなことへのやる気がなくなっているのがわかる。

 前までやったら毎日起動して絵描いてたんやけどなぁ。

 グダグダと考えているのが嫌になって瞼をゆっくりと下す。
 そうすれば何時間眠っていようがゆっくりと近づく睡魔に、抵抗することなく身を委ねた。


 * * *


 ぱちり。目が覚めた時、既に部屋の中は真っ暗だった。時間を確認するために枕元のスマホの電源を入れる。ブルーライトが目に直撃して、思わず目を閉じた。ゆっくりと瞬きを繰り返して光に慣れさせると、自然と画面を見れる時間も伸びる。
 完全に慣れ切ったころ、もう一度きちんと画面を見るとそこには謙也からのメッセージがたくさん来ていて苦笑いを零す。サッと流し読みしただけで三十件はどうかと思う。心配してくれへるんはわかるんやけど、さすがに送りすぎやろ……。

 とりあえず通知だけで謙也のメッセージだけでなく全体を流し読みしていた時、ふと気になる通知を見つけた。
 それは呟きアプリのもので、わたしが通知を設定している人物がツイートしたというもの。急いでアプリを開く。

「うっわぁ……。まじか」

 呟きの内容にしっかりと目を通せば自然と声が漏れた。
 数分前に呟かれていたのはわたしが追っているボカロP――ぜんざいPのものだった。嬉しいことにその内容は新作を投稿したというもの。
 急いでURLを踏んで動画投稿サイトへと飛ぶ。そこそこ有名なこの人は動画を投稿してものの数分で再生数三桁を取っており、今回投稿された曲への期待が高まっていく。

 イヤホンなんて探している場合じゃない。どうせここは自室。親も滅多に入ってこないのだからスピーカーで垂れ流しても怒られることは無い。
 主コメにサッと目を通して、再生ボタンを押した。


 スピーカーから流れる曲に、自然と体が揺れる。どうやら今回はロック系らしかった。

 ――ああ、すごい。すごいなぁ……。

 カッコいいギターに、心地よいリズムを刻んでいくドラム。この人が作る曲に外れはない、と思う。
 ゆったりした曲調のものも勿論好きだけれど、わたしはどちらかと言えば今回のように激しめの曲の方が好きだった。つまり、今回の曲はわたしの好みにドンピシャだったわけだ。

 何回もリピートして、衝動的にパソコンを立ち上げる。
 あんなにやる気がなかったのに、曲ひとつでここまで動かしてしまうこの人の作る曲が、本当に好きだ。
 聞いているとだんだんイメージが湧いてきて、これからやる事が決まる。どうせなら配信もやろう。この時間ならある程度の人だっているだろう。
 こんなにワクワクしたのはいつぶりだろう?
 少なくとも、わたしが学校へ行かなくなってから投稿されたのは今回が初だ。

 ゆるゆると緩む頬が抑えられないまま、ペンを手に取る。

『今から配信やるよ〜』

 たった一言だけ呟いて、配信開始ボタンをクリックした。

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