spinnengewebe5.2




一人になってしまった部屋で、膝を抱えてうずくまる。

要らない、欲しくない。
そう思うのに、大事な人という言葉が心に浮かんでしまう。

尊敬と憧れ、そのままでよかった。
村にいた二人のように、何もなくても毎日楽しそうなのが恋なんだと思っていた。
いつの間に変わっていたんだろう。
好きになる気持ちや愛することを実感したわけではないけれど、特別な思いは確かだ。
リヴァイが言っていたように、押されて流されたのかもしれない。しかし頭の片隅では、無意識に自分の気持ちから逃げて、他人事みたいな顔をしていたのではないかと感じている。

気づきたくなかった。
思いを消せたらいいのに。
大切なものなどあってもつらくなるだけだから。




コン、とドアを叩く音に反応して身体が震えた。

「おい」

リヴァイだとわかっているが、無視する。
会いたくなかった。

「開けろ」

ガチャガチャとノブを回している。
それでも無視し続けると、苛立った声がした。

「ドア、ぶっ壊されてぇか?」

本気でやりかねないので慌てて返事をした。

「困ります。着替えてるので…」

「今更だ。さっさと開けろ。でないと本当にぶち破るぞ」

ドカッとドアに振動が走る。蹴りつけたに違いない。
早くも足が出た。

「嘘です、ごめんなさい。急に気分が悪くなって…言ったら心配かけるんじゃないかと思って」

「…やっぱり頭を打ってたのか?」

どうしよう。本当に心配させてしまってはまずい。

「いえ、違います。ただ胸が苦しいだけです」

「とにかく開けろ」

「……」

「3、2、」

「3?!」

すでに時間がない。カウントダウンでドアを破壊される前に降参した。

ドアを開けた途端、リヴァイに両肩を掴まれた。

「顔色は……悪くねぇな。念のため救護室で診てもらえ」

「そんな大げさな。なんともないですよ」

「胸が苦しいんだろう?」

「そ、それは…まぁ…。たぶん背中打ったからです。あの時息止まりそうだったので」

「具合が悪いなら最初からそう言え。そうか…それで上の空だったのか」

「もう落ち着いたから大丈夫です。次の任務までまだあるので、少し休んでおきます」

「ああ」

「……」

「……」

「あの…横になりたいんですけど」

帰ってくれとは言えないので遠回しに告げる。

「気づかなくて悪かった」

ずいぶんすんなり頷いたなと思った瞬間、まふゆの身体は抱き上げられていた。

「え、ちょっと…!」

「甘やかされてぇなら甘やかしてやる」

「甘やかされたいなんて言ってません!」

「おとなしくしろ」

まふゆはベッドに寝かされた。
一人になりたかっただけで本当に寝る気はなかったのだが、この状況では寝るしかなさそうだ。

リヴァイはまふゆの足元のへりに腰掛ける。
なぜ顔の見える位置に座るのだと思わないでもない。
二段に繋がるベッドの脚に背をもたれ、脚を組む姿が様になる。たまに、乱暴な言葉遣いや態度とはそぐわない気品のようなものを感じる時がある。

「なんだ」

見惚れるような気持ちで見ていると、リヴァイが言った。

「兵長は何をやってもかっこいいなぁと思って。二段ベッドに寄り掛かって絵になる人は兵長しかいません」

「褒めてるつもりか?」

「素直な感想です」

「もういいから寝ろ」

「はい」

そう言って目を閉じるが、見えない視線を感じてまたすぐ開いてしまう。
じっと見つめるリヴァイと目が合った。

「……そんなに見られてたら眠れないです」

「お前も同じことをしてるだろうが」

「あ…」

リヴァイが眠るまで傍にいるといって部屋に押しかけるが、なんだかんだでまふゆが先に眠るはめになり結局リヴァイが眠る姿を見ていない。本当に眠れているんだろうか。
だが確かに、ベッドの横で座られていたら気になって眠れないだろう。もう少し違う方法にしようと考え目を閉じるが、今度はそれに意識を取られて眠れない。

眠れずにもじもじしていると、リヴァイがため息をつくのが聴こえた。

「手間のかかる奴だ。子守唄でも歌ってほしいのか?」

「え?!」

「…期待に満ちた目で見るんじゃねぇ。冗談に決まってるだろう」

「わかってますよ、それくらい。ちょっとびっくりしただけです」

どうやら顔に出てしまったらしい。
なぁんだ、と内心思いながら再び目を閉じた。

もう目を開けないようにしよう。寝たふりをしよう。
そう決め込んだ。

…………

リヴァイもそれきり喋らなかった。

思ったより自然に振る舞えてよかった。これなら何も変わって見えないはずだ。
ところでいつまで居るんだろう、自分が眠ったら帰るだろうか、などと思っているうちだんだんと意識が遠のいていく。



香りに包まれる夢をみた。
おかしい。匂いを感じる夢なんてあるだろうか。だが朧げな意識の中ではっきりと感じていた。

まふゆの大好きな香りを。





20191020




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