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とても良い香りのする紅茶がテーブルの上にある。至高の品らしいです、といってまふゆが淹れてきた。
その横には「超硬質名刀マサムネレプリカレッツパーリィ仕様」なるものが。兵長がこっそり見てたの知ってるんですよ、とまふゆがプレゼントしてくれた。
確かに興味があった。この6本のカタナを自在に操り戦場を駆ける男の話を聞いて心が沸き立つ思いだった。3本はわかる。両手に持ち、口にくわえ…残りの3本は足の指でも使うのか?よくわからないが敬意を抱いた。叶うなら実際に自分の目で見て、ぜひ手合わせしてみたいものだ。
そして今、リヴァイはベッドに座らされている。その足元にはまふゆが跪き、ズボンのベルトに手をかけている。
「なんのつもりだ」
わかっているがあえて訊く。正直、たどたどしい手つきで恥ずかしがりながらしようとしている姿は悪くない。が、相手のペースに乗せられるのはどうも好かない。
「きょ…今日は兵長に喜んでもらいたくて。こうすれば男なら誰でも喜ぶっていうから…」
「…誰の入れ知恵だ?」
「たまたま聞こえちゃったんです。私の胸で……その、やりたいって騒いでるの」
そっちだったか。
まふゆで妄想する奴を見つけたら5、6発ぶん殴ってやる。
「で、聞いたまま即実行に移すわけか。俺がそんなもんで喜ぶとでも?」
言いながらまふゆの手を押し戻した。
「……ちょっとでも喜んでくれたらいいなって」
「クソどもと一緒にするな。そもそも、喜ばせようなんて思うのが間違いだ」
どうして、と言いかけるまふゆの腕を引き、ベッドに押し倒した。そのまま唇を重ねると不服そうな顔で見つめられる。
「…こうやって流されてたらいつもと変わらないんです」
「それでいい」
喜ばせようとしなくてももう喜んでいる。顔に出ないのは仕方ない。
まふゆがいれば十分だ。
お前こそどうしてわからないんだ。
さらに口づけようとしたが、もがいて嫌がるので動きを止めた。
やけに抵抗する。まさかそこまで奉仕したいわけでもないだろう。胸でとは言うが本当にわかっているかどうかも怪しい。
見下ろすと、いっそうふてくされた顔で返された。
「おもしれぇ顔だな」
「失礼な!」
雰囲気を変えようとしたが、よけいまふゆの気に障ったらしい。
場を和ませようとするとなぜかいつもうまくいかない。似合わないことはしない方がいいという暗示なのか。
けれどまふゆはすぐに申し訳なさそうな表情になって、リヴァイを押し返す腕の力を抜いた。
「…………兵長に気持ち良くなってもらいたかったんです。いつも私ばっかり気持ち良くなってる気がして」
「ほぅ。満足してもらえてなによりだ」
「え…いや、そ、そういう話じゃなく…」
「わかってねぇようだから言ってやる。お前が良ければ俺も良い」
「……どういうことですか?」
「ようするに取り越し苦労ってやつだ。やりてぇだけなら相手がお前である必要はねぇ。くだらねぇこと気にするより、そのまま何も考えず溺れてろ」
言葉で態度で、まふゆが意図するしないに関わらずすべて伝えてくれる。喜びを通り越して殺し文句で何回殺されているかわからない。
だが逆に、リヴァイの感情は半分くらいしか伝わっていないかもしれない。己を曝け出すだけではだめなのか。こんな時ばかりはまふゆの素直さがうらやましいと思う。
「ちょっと…待ってください、先に、どうしてもやりたいことが…」
首筋に顔をうずめるリヴァイからするりと逃げて、まふゆはベッドを降りた。
寸止めさせられた分はあとで償わせるからかまわない。ここは好きにさせておく。
まふゆは自分の荷物から何か取り出してきた。
「どうぞ」
「…それは?」
「キモノのコスチュームです。カタナに合わせて」
「……」
「着替えてください」
「チッ…しょうがねぇ」
なぜだろう。まふゆに言われると着替えなければならない気分になる。
目の前に差し出されたそれを受け取り、広げた。
袖を通してみる。重たいし長いし煩わしいものだ。
「……兵長」
「なんだ」
「それは直に着るんだと思います」
「どう見ても上着だろう?」
肩というより首に合わせて羽織ったが、コートの造りに似ている気がした。
「でもほら、この文献では直に着てますよ」
どこから持ってきたのかまふゆが本を広げて言った。
挿絵を見ると確かに、コートよりガウンのように見えた。
「めんどくせぇな」
シャツとズボンを脱ぎ捨て改めて着てみるが違和感しか感じなかった。
ボタンのない前身頃をどうするか迷っていると、まふゆがそっと手を添えた。
「えーと、Vみたいにして…、胸板は大胆に見せつけて…」
自分から顔を近づけてくることなどまずないが、今は着つけるのに一生懸命で無防備だ。
睫毛も鼻も唇も、見慣れている顔がいとおしくて、ちょっかいを出したくなるがかろうじて堪えた。こんなふうに着せてもらうのはなかなか気分の良いものだったから。
今度、普段の服の着替えをやらせようと決めた。
「そして、オビで縛ります」
次はオビを持ち、ベルトのようにぐるぐると腰に巻き付けていく。
「おかしいな…どこで止めるんだろう。絵には結び目なんてないんですけど」
ぶつぶつ言いながら手を止め、本を見ながらああでもないこうでもないと悩んでいる。それを眺めている方がよほど面白かった。
「わかった。カタナを差すために横で縛るんですよきっと」
「なるほどな。お前にしてはいいところに気づいたじゃねぇか」
「ですよね? …一言多かったけど聞かなかったことにします」
得意気に笑ったまふゆは、置いてあったカタナをがちゃがちゃと抱えてくる。
「じゃあさっそくカタナを差しましょう!」
「おい。6本も差せるか。1本でいい。その絵も1本だろう」
「そうですか?」
渡された1本を腰に差すと、普段と似たようなスタイルになった。おそらくこれでいいのだろう。
「とっても素敵です!」
キモノはあまり好みじゃないが、ぱちぱちと拍手をするまふゆが嬉しそうなのでまぁよしとする。
試しにカタナを抜いてみた。
だが、とてもじゃないがうっとおしくてやってられない。
こんな動きにくい格好でカタナを振り回すというサムライにますます興味が湧いた。
「お誕生日おめでとうございます」
カタナを鞘に納めていると、唐突にまふゆが言った。
はっとして目を上げる。
「忘れてたんですね」
「ああ…。どうでもいいことだからな」
「次からは忘れないでください。大切な大切な日です」
「お前が祝ってくれるならな」
ようやく納得がいった。紅茶だプレゼントだ、喜ばせたいだのと、すべてリヴァイの誕生日を祝うためだったのだと。
「生まれてきてくれてありがとう。兵長に出逢えてよかった……すごく幸せです」
まふゆがぎゅっと抱きついてきた。
「俺もだ」
リヴァイはその身体を抱きしめた。
「こんな日が来るとは思わなかった。すべての奇跡に感謝する」
いろいろと用意してもらって悪いが、この日一番嬉しかったのはまふゆの言葉だ。
ほら、お前はいつだってたやすく俺を喜ばせて、心を震わせる。
ありがとう、と小さな声で呟いた。
12/25 Happy Birthday!
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