その日は朝から調子が悪かった。誰にも気取られず任務を終えたまではよかったが、明らかに悪化しているのがリヴァイ自身にもわかった。
めまいのように頭が重く、次第に意識が朦朧としていった。
本格的にまずい、という予感があった。だがそれでも人に見られるわけにはいかない。兵長の不調が伝われば、少なからず士気に影響が出る。まとまらない状態での任務など、死人を出しに行くようなものだ。
幸い、日が暮れて人も少ない。急いで部屋に戻らなくては、そう思っていても重い身体が言うことを聞いてくれない。
苛立ちでますます気分が悪くなった時、それを一気に吹き飛ばすようにまふゆの姿が視界に映った。
その時――救われたような気がしたのはなぜだろう。
どうしてまふゆには弱った自分を見せてもかまわないと思ったのだろうか。



翌朝、目が覚めた時には気分は楽になっていた。
指先の感覚が戻り、まふゆの手を掴んでいたことを思い出した。
人を呼びに行かせないため。あるいは、熱に浮かされて理解不能な行動に出たのかもしれない。
リヴァイの心の中など誰も見られはしないのに、まるで言い訳じみた考えだと舌打ちする。

「……」

視線を向けると、寝顔が見えた。
掴まれたまま動けず窮屈そうに身体を丸めて眠る姿が、いかにもお人好しを表わしているようだった。

お人好しでお節介で、図々しい。
リヴァイに対しては同期や上官だって若干遠慮がちに距離を置くというのに、入団したてのこのクソガキはまるで躊躇わない。誰に対しても変わらない態度、といえば聞こえはいいが。
媚びたり萎縮する奴らよりはマシな程度だったはずが、いつの間にか目につくようになっていた。
少しのまどろみのあと、シャワーを浴びるためにリヴァイは起き上がった。
掛けてもらった毛布を、今度は掛けてやる。それでもまだまふゆが起きる気配はなかった。



よかったと泣きそうになりながら喜ぶ顔を見た時、胸が痛んだ。
そんな顔で俺を見るなと声に出したかった。気づきたくない、認めたくない感情を押し殺すのに精一杯だった。しかし、思えば虚しい抵抗だったかもしれない。ありがとうの一言がなかなか言い出せず、引き留めた時点で負けていたのかも。リヴァイの葛藤などおかまいなしに、容易くぶち壊すのがまふゆだ。

「それ以外は何も望みません。勝手に借りとか思ってればいいじゃないですか」

そこにあるのは恋愛感情などではない。ただ目の前の人間のために真剣で、バカみたいにムキになってまるで子供の言い合いのよう。それがまふゆの性分だ。

愛しいと、思ってしまった。

いや、本当はとっくにわかっていた。

感情なのか衝動なのか、押し寄せるそれを抑えきれなかった。



20190216


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