やきもき
エレンが紅茶を淹れていると、ハンジが声をかけてきた。
「やぁエレン。ティーブレイクかな?」
「お疲れ様です。これは兵長へ持っていこうと思って」
「うーん…せっかくだけどやめておいた方がいいかな。エレンの気持ちはしっかりと私が受け取って伝えておくからさ」
「どういうことですか?」
エレンが手を止めると、ハンジはティーカップを手に取り、いただきますと口をつけた。
「最近のリヴァイは、まふゆの淹れた紅茶しか飲まないんだ。相変わらず新兵にはテストを兼ねて淹れさせてるみたいだけど、他の子が淹れようとしても断るんだよ。フフフ」
「へえ〜!まふゆの紅茶ってそんなに美味いのか。俺も飲んでみたいな」
「……うん。エレンは素直でいい子だね」
「な、なんですかいきなり」
「いいんだ、そのままの君でいてくれ」
ハンジは紅茶を飲み干すと、手を振って去っていった。
「……なんだったんだ、いったい」
エレンは首を傾げるばかりだった。
「まふゆ」
真剣な顔をしてミカサが近づいてきた。突進しそうな勢いだった。
「ど、どうしたの?」
まふゆは若干たじろぎながら答える。
「紅茶の淹れ方をおしえて」
「…紅茶?」
「お願い。あなたじゃなきゃだめなの」
愛の告白かと思うような言葉も、ミカサ本人に自覚はなさそうだ。無自覚だからこそ逆にまふゆの方が恥ずかしくなってしまう。
「…えっと、淹れ方っていっても別にてきとうに…」
「それでもいいの。お願い」
「わかった。じゃあ給湯室へ…」
「い、今はだめ。もう少し…待ってもらえる?」
「? うん、いいよ」
急にそわそわし出すミカサを怪訝に思ったが、しばらくしてから二人で紅茶を淹れにいった。
八つ当たりの相手には事欠かない。手当たり次第に巨人どもの首を刎ねてやった。
「いやあー、今日のリヴァイは一段と冴えてるっていうか、殺気立ってるっていうか……機嫌悪いっていうか?」
クソメガネが何か言っている。しかし下手に言い返せば奴の思う壺だ。無視して帰り支度にかかる。
「みんなお疲れ。さぁ帰ろう。帰って紅茶でも飲んでゆっくり休もう」
どことなく引っかかる言い方だが、リヴァイはそのまま知らぬ顔を決め込んだ。
「誰にも言うなよ!絶対だからな!」
赤い顔をしたジャンが逃げるように去っていく。
残されたまふゆはぼんやりと突っ立っていた。どうしていいのかわからず途惑っているように見えた。
きっと、おそらく、あれは告白だ。
あの現場を見てからというもの、リヴァイの気分は優れない。
「…………。どうかしましたか?」
まふゆの声に、はっと我に返る。
向かい側のテーブルに散らばった書類を片付ける手を止め、こちらを見ている。
「何がだ」
「なんか…今日の兵長ちょっと変じゃないですか?」
「俺はいつもどおりだ」
と、カップを置こうとして手が滑り、ソーサーの上でガチャガチャと騒々しい音を立てる。
「…………」
「たまにはこういうこともある」
視線が痛いので、再び紅茶を飲んでごまかした。
「火傷しないでくださいね」
ちらりとまふゆを見るが、特に変わった様子はない。任務のない時間には片付けや掃除と、日課のようにこなしている。
もう返事はしたのだろうか。
何と、返事をしたのだろうか。
そんなことを思い巡らせていると、エレンが入ってきた。
「兵長、お疲れ様です。外の掃除終わりました」
「ああ」
「あ、そうだまふゆ。俺にも紅茶淹れてくれよ」
リヴァイを見て、エレンが思い出したように言った。
「…今日は紅茶の日か何かだっけ?さっきミカサにも紅茶の淹れ方おしえてって言われたんだけど」
「ミカサが? わかったぞ、あいつもハンジさんから聞いたんだな。お前の紅茶が美味いって」
「えぇっ…?ハンジさんに紅茶出したことあったかな?」
「そうですよね、兵長。兵長もまふゆの紅茶が大好きだってハンジさん言ってましたよ」
邪気のない笑顔のエレンが振り向く。
しかし聞いた瞬間、リヴァイは激しくむせ返っていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「……っ、……クソメガネ、奴はこの俺が狩る――」
やたらと絡んでくるのがどうもおかしいと思った。あのにやにやした顔を思い出すと殺意が湧き、椅子を蹴り飛ばして立ち上がった。
「ちょっと落ち着いてください!」
「おいおい、何騒いでんだエレン」
続いて入って来たのは、今リヴァイが二番目に気に食わないジャンだった。
「いや…まふゆの紅茶が美味いって話をしてたら、なんか兵長が突然怒り出して…」
端折りすぎだ、それじゃ俺はただの挙動不審だろう、と突っ込みたかったが話が面倒になるのであえて放っておいた。
「はぁ〜?紅茶なんか誰が淹れたって同じ味だろ。なぁ?」
「だよね、私もそう思う」
ジャンに声をかけられたまふゆがクスッと笑う。
その意味ありげに親しい様子がリヴァイの苛立ちを加速させるのに十分なほどだった。
「…あー、けどな。もし美味いと感じるなら、それはそいつが…淹れてくれた奴のこと好きなんじゃねぇ?だから美味く感じるんだろーなぁー」
ジャンが遠い目をして言う。
知ったふうな口をきくじゃねぇかと殴りつけたい衝動に駆られた。どさくさにまぎれてこいつも狩ってやろうか。
「…なるほど。それならハンジさんはまふゆが好きなんだな。ということは兵長はまふゆが大好――」
「――黙れエレン。それ以上口にしたらてめぇの首も刎ねてやる」
「ど、どういうことですか?!なんで俺が?!」
「てめぇはもう何も言うな。そんなに飲みたきゃ淹れてもらえ。そして黙って飲め」
「は、はい…」
「あ…じゃあ今淹れてくるね…」
まふゆは慌てたように部屋を出ていく。
シンと静まり返り、微妙な空気になってしまった。
「…ていうか、結局なんなんだ?さっぱり意味がわからねぇ」
ジャンが小声で呟いていた。
連戦したわけでもないのに、今日一日ひどく疲れた気がする。
こういう時は気分転換に掃除するのがいい。無心で没頭できる作業だ。
リヴァイはさっさと自分の部屋に帰ろうとしたが、外へ出たところでまふゆに会ってしまった。
「…まだ居たのか」
今はその顔を見たくないような、見たいような、複雑な気分だった。
「今から帰ります。…兵長、もう大丈夫なんですか?」
「だから最初から何でもないと言っている」
「でも…落ち着かなかったり急に怒り出したり、やっぱり気になったので」
エレンとまふゆは似ていると思った。食いつく場所が違う。ハンジの言葉は気にならないのか。
まぁリヴァイにとっては幸いでもあるが。
「…俺の心配よりあいつとのことでも考えたらどうだ?」
「あいつって?」
「この間、たまたま、訓練場の隅で二人きりで話しているのを見かけたんでな」
一歩間違えればまるでストーカーなので、たまたまを強調して言った。
「…ジャンですか?立体機動の訓練を手伝ってもらった時。ああ…家族の話とか照れ臭いみたいですね。別に必死に隠すようなことでもないのに」
「…家族だと?」
「はい。ジャンが恥ずかしがって怒るからあんまり言えませんけど」
リヴァイはようやく、自分が勘違いしていたことに気がついた――
「あーもうリヴァイはじれったいねぇ」
「分隊長、興奮するのは巨人のことだけにしてください」
「だって面白いじゃないか。あのリヴァイが……ププッ」
「さすがにこれ以上は悪趣味です。帰りましょう」
「えー!これからがいいところなのに!」
「だめです」
二人の様子を物陰から窺っていたハンジは、モブリットに引きずられて帰っていった。
「腹が減ったな。てめぇもつき合え」
胸のつかえが取れた途端、食欲が湧いてきた。そういえば朝からろくに食べていなかったのを思い出す。
「あの…今日はもう帰って休んだ方がいいんじゃないですか?今度はいきなり食事とか、いろいろ…変だし。食堂で暴れられても私じゃ止められません」
まふゆは怯えたような、訝しむ眼差しで見つめている。
挙動不審認定されているらしい。
「ほぅ?てめぇがそういうなら部屋でもかまわねぇ。ただし、ついてくるならそれなりの覚悟をしろ」
「ついていかないので覚悟しません。お疲れ様でした」
そそくさと逃げ出すまふゆの腕を、リヴァイはがっちりと掴んだ。
「俺が心配なんだろう?見張ってなくていいのか?」
(リヴァイが勝手に)振り回された分、振り回してやるのも面白い。
今なら挙動不審で済ませられるかもしれないと、ほくそえむのだった。
20190224
戻る
ALICE+