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まふゆは几帳面な性格ではないので、掃除後の確認が一度で済んだためしがない。
今度こそ一回で終わらせようと時間をかければ遅いと怒られる。
もう嫌ですと愚痴りたいのを堪えて、今日もまた頑張っている。
だが掃除を終えたメンバーは一人二人と減っていき、任務に参加する者が出ていき、本部に残ったのはまふゆ一人。
傍らに立つリヴァイが見張っている。
「てめぇは目を離すと手抜きしやがるからな」
「してませんよ、いつも。信用ないんですね…」
「いいから手を動かせ」
「はい」
本棚の一番下の段から本を取り出し、一冊ずつ埃を払っていく。
本の天と呼ばれる部分にかぶった埃を、つい、息でフッと吹き飛ばしそうになったが思いとどまり、はたきで静かに払った。
無意識に顔を出す習性というものは恐ろしい。また怒られるところだった。
「…今、」
「兵長!ずっと立ってると疲れますよ?あっちで椅子に座ったらどうですか?終わったら呼びますから」
「余計な世話だ」
リヴァイは腕を組んだまま本棚の横の壁に寄り掛かる。
どうにもやりにくい。なにもこんなに近くで監視しなくてもいいのに、とまふゆは心の中で呟いた。
出した本を積み重ねてから、棚の中を拭く。木目だから目立たないだろうなどと考えてはいけない。雑巾の拭き跡や糸くずまで見つけられてしまう。
「掃除の仕方ひとつとっても退屈しねぇ奴だ。俺の常識の範疇を超えて、とんでもねぇことをしやがる」
「…そこまでひどいですかね…」
「どう見てもまともじゃねぇだろう。掃除はろくにできねぇ、バカでお人好しで流されやすい、ないよりマシな特技はてきとうに淹れた紅茶がまぁまぁなだけだ」
「多少お節介…かもしれませんけどお人好しじゃないし、紅茶は特技じゃありません」
「気にするな。俺が認めた」
「なんですかそれ、もう…」
雑巾がけする手に力が入る。それでも雑にならないように気をつけて拭いていく。
貶されているのか褒められているのかわからない。しかし、どことなく楽し気な声に聞こえて、ほとんど感情を表に出さないリヴァイにしては珍しいと、微かに違和感のようなものを覚えた。
「俺にそんな口をきくのはてめぇだけだ。まったく、このクソのどこがいいのかわからねぇ」
「別にどこもよくなくたっていいです」
そして、やけに饒舌だった。
二人で黙り込んでいるのも居心地が悪いので気を遣ってくれているのだ――と思うものの、ますます違和感が膨らんでいく。
何が変なのかと考えてみても思い当たらない。ただ何かがいつもと違うと感じるのだ。
「理屈じゃねぇ、ってことか」
「……理屈?何がですか?」
思考に囚われていたせいで上の空だったかもしれない。
いまいち話が噛み合っていないように思えて、まふゆは顔を上げた。
「ああ、通じねぇだろうな。てめぇには」
リヴァイはまふゆを見下ろしていた。
「好きだ」
普段と変わらない表情で、他愛無い会話の続きのように言う。
「…掃除が?」
「絞め殺すぞ」
「へ、兵長だって…。人が掃除してる最中に言いますか?ふざけてるとしか思えないじゃないですか」
「ふざけて聞こえたのか?」
リヴァイのつま先が苛立ったように床を蹴る。
そのまま背を起こし、まふゆの目の前に踏み出す。
「……冗談、ですよね?」
「理解できるまで何度でも言ってやる」
腕を掴まれ引き立たされ、今度は目線を合わせて告げられた。
「――好きだ」
普段と変わらない、そう思ったのは間違いだった。
まふゆしか映っていないかのように見つめる眼差しは熱を帯びていた。このままキスされるんじゃないかと錯覚するほどに。
今までに見たことのないリヴァイの表情が、冗談などではないと突きつける。
部下としてじゃない目で見られていたのだと、違和感の正体を悟った途端、周りの景色までもが一変したように感じられた。
「…………」
まふゆは何も返すことができなかった。
普通ならこんな時、嬉しくて飛び上がりそうだとか、胸が弾けるような喜びがあふれるものじゃないのか。
やはり自分はリヴァイの言うように、何かがおかしいのかもしれない。
妙に冷静な頭の中で思った。
「一週間待ってやる」
「待つ…って…」
「てめぇにその気がねぇことくらい知ってる。考えても嫌なら拒め」
「……」
「気持ちを伝えりゃ満足なんて、その程度のぬるい話じゃねぇ」
まふゆの腕を掴んでいた手が離れていく。
だが掴まれた跡は鮮明に記憶されている。さらに、まっすぐな眼差しに捕らえられる。
縛りつけられたように、動くことができなかった。
「欲しいと思ったからだ。――まふゆ」
兵長、ではない男の目だと思った。
まふゆを求める男の目。
あのあと、リヴァイは無言のまま出ていってしまった。まふゆは気持ちが宙に浮いたような感覚で、最後まで掃除を終えてから部屋に戻った。
着替えを終えて、ベッドに寝転がる。
リヴァイのことは尊敬している。口は悪いが優しいところも、時々ちょっと可愛いところも好きだ。
だがまふゆの好きは、リヴァイの言う好きとは違う。
「…………どうして、私なんだろう」
昨日と今日で変わってしまった時間は戻らない。変わらないまま兵長の元にいたかった、と思った。
一週間はあっという間だった。
まふゆは約束どおりリヴァイの部屋へ向かった。
悩んで迷ってようやく結論を出して、来たはずだった。しかしいざリヴァイを目の前にすると固めたつもりの決意が揺らぐ。
この期に及んで煮え切らない。拒否の言葉を口にするのは覚悟がいる。
私服姿のリヴァイを見るのは初めてかもしれない。シンプルな黒いシャツは飾り立てない性格を表わしているかのようだった。
改めて、今が特別な状況であり、そしてドアを閉められた瞬間に逃げ場も失ったのだと思い知る。
「答えは出たのか?」
「…………」
「時間切れだ。都合良く取っても文句はねぇだろうな」
胸元に抱き寄せられ、耳を掠めるように唇が近づく。
「本当は、」
身体が震えた。
背中を抱く腕と髪を撫でる手と、両方に拘束されてなす術もなく立ちつくすしかできなかった。
「答えがどうだろうとかまわなかった。てめぇの性格からいって、拒絶できるわけがねぇ」
「そ…んな…じゃあどうして…待つなんて」
「いきなり押し倒して泣かれると面倒だ。ガキだからな」
「そっ――」
「…なんだ?」
「そういうの…ずるいです。そういう、優しいところ見せられると……どうしていいかわからなくなるから」
まふゆの髪を撫でていた手がぴたりと止まる。
きっと、まふゆを傷つけないためだったのだと。
なんとなくそう思えたのだ。
今こうして髪を撫でていた手が、少しずつ気持ちを落ち着かせてくれたように。
「優しいだと? てめぇの気持ちを無視して、自分の気持ちを押し付けてる俺が。おめでたい頭だな」
「……」
「今だけは長所だと思ってやる。すぐに流されるバカなところも」
覆いかぶさる唇に唇を柔らかく食まれて、ふっと全身の力が抜けそうになる。
気持ちが反応できず感触だけに意識を奪われていた。
腕に抱かれてこのまま飲み込まれそうになる。
嫌じゃない。嫌いじゃない。それは本心だ。
だがきっと恋という感情とは違う。リヴァイの気持ちが真剣であるからこそ応えられない。
こんなこと、したくない――
そう思い至った時にはリヴァイに抱き上げられ、ベッドの上に寝かされていた。脱がされた靴が放り出される。
「逃がす気はねぇ。欲しいものを諦めたフリはやめた」
拒むつもりの言葉は噛みつくような口づけに掻き消された。
身体を押し返そうともがいた手を握られる。考えていたよりもずっと強い、まふゆの抵抗をあっさり封じ込めるほどの力だった。
そうしている間に深く入り込んだ舌に声も呼吸も絡め取られる。
ちゅ、と音を立てて吸われると耳からも刺激を受けているようで、耐え切れず吐息が漏れた。
ふと離れた唇が笑ったような気がした。
ブラウスのボタンが外され肌の上を指が滑る。舌先が顎を伝って首筋へ降りていき、露わになった肩にも口づけが落とされる。そのまま脱がされて下着も取り払われた。
見下ろす視線を遮ろうと、腕で胸を隠そうとしたがリヴァイに阻まれた。
「そこだけ隠す意味がねぇだろう。どうせ、全部見る」
「…っ」
「恥ずかしいか?」
自らもシャツを脱ぎ捨て、口元に意地の悪い笑みを浮かべてリヴァイが言う。
胸の膨らみに触れた手にそっと揉みしだかれ、まふゆは今まで知らなかった甘い疼きに身を捩った。
もう一方も同じように、そして胸の尖りを口に含まれると、一度に襲う感覚に追いつけず泣きたくなった。
「や…、ぁ…っ」
自分のものではないような声をふさごうとしたが、リヴァイの手に繋ぎ止められてかなわなかった。
「…ん…っ」
「見られるのとどっちが…と聞くまでもなかったな。ずいぶん可愛いじゃねぇか」
舌で胸を弄びながら吐き出されたその熱い息にさえ身体が震え、意識が乱れてまとまらなくなる。
そんな中、自分のズボンのジッパーが下ろされるのをやけにリアルに感じたが、その手が下着の上から形をなぞっていくのをされるがままに委ねているだけだった。
すべてをはぎ取られ、曝け出されてしまった身体がひんやりとした空気に触れて震えた。
まふゆの脚の間に身体割り込ませたリヴァイは、そこを隠すことも許してくれない。
襞を割る指先が触れた時、まふゆ自身にも濡れているのがわかった。
そっと、中に入ってくる。内側を探るような動きからゆっくりと抜き差しに変わる。
ざわざわと何かが込み上げてくる感覚に途惑っていると、突起をぬるりと撫でられて、今までよりさらに直接的に感じられる刺激に身体が跳ねた。
わざとではないかと思うくらい濡れた音を立てながら繰り返されて身体が熱くなっていく。
「ぁ…、ん…っ」
「もっと見せろ。隠すものがなくなるまで」
「んん…っ――」
声に唆されるように、まふゆは達していた。
まだ整わない荒い息を持て余していると、まふゆを翻弄していた手が離れていく。
「そのまま力抜いてろ」
そう言って脚を抱え上げられ、まふゆの中にリヴァイが入ってくる。
「い…や、痛――」
先端に押し開かれるそこが苦しくて身体が勝手に逃げてしまう。
それでも脚を抱え込まれて、狭い内側をこじ開けるように奥へ奥へと埋めつくされる。
加減のないリヴァイに、拒むなと言われている気がした。
「…まふゆ。憶えろ、俺を」
覆いかぶさるリヴァイの指に痛みの涙を払われる。
無意識のうちに握り締めていたシーツから手を解かれ、その指に絡められる。
引き戻されては挿し込まれて、徐々に動きが速くなっていった。
内側を擦られることに馴染めないそこはリヴァイの思うままに突き上げられているだけ。
まふゆは、ぎゅっとリヴァイの手を握った。
苦痛しかないはずなのに、奥の方で鈍い快楽を与えられているようでもあった。何かが込み上げてくると感じた時に似ていた。
身体に刻み込まれる。身体が侵食されていく。
そんな思いで、まふゆはリヴァイの欲望を受け止めた。
リヴァイが中に居た感触が濃く残っている。
消える時まで、今日のことを思い出すのだろう。
虚ろな意識からまふゆは目を覚ました。
隣に座っているリヴァイが気怠げに前髪を掻き上げるのが見えた。
真っ黒でさらさらな髪はとても素直そうだ。
「…お目覚めか」
視線を感じたのか、リヴァイが振り向く。
「寝こけるとはいい根性してやがる。まぁ、クソまふゆはそれくらいじゃねぇとな」
これは兵長?
いつもの兵長?
「…おい。まだ寝惚けてるのか?」
もしかして、さっきのは夢?
でも…裸――
「忘れてるなら言ってやる。これで終わったと思うな。離さねぇ――何があってもだ」
見下ろす眼差しが近づいてくる。
「好きだ」
囁かれて、身体の奥の痛みが甦った。
20190320
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