魔法の言葉は夢の中




魔法の言葉は夢の中



朝、日吉が学校に向かって歩いていると、後ろから跳ねるように駆け寄ってくる足音が聞こえた。
嫌な予感がして身構える。
次の瞬間、バシッと背中を叩かれた。

「おっはよー、ひよっこ」

「……」

日吉は振り向きざまに睨みつけた。

「あれ?なんか今朝は機嫌良さそうじゃん」

睨んでいるのに機嫌が良さそうと言われ、面食らう。

「はぁ?何言ってるんですか向日さん。朝からウザ絡みやめてくださいよ」

「なあ、侑士も思うだろ?」

日吉の言葉など聞く耳持たず、向日は背後にいる忍足に声をかける。

「ほんまや。なんかええ夢でも見たんちゃう?」

「忍足さんまで変なこと言わないでください。夢なんて見てませんよ」

さすがは氷帝レギュラー…というかテニスはあまり関係ない気がするが、要するに侮れない。向日はごくたまに鋭いことを言う。
顔に出るはずはないのだが、なぜバレたのだろう。
そう、夢ではなく現実。今朝はつぐみがお弁当を作って来てくれたのだ。
お父さんのお弁当箱というのが若干引っかかるが、贅沢を言ってはバチが当たる。

「ほらやっぱり!何にやけてんだよ」

「だからしてませんって」

感情を表に出すのが苦手で不愛想なのは自覚している。それなのに、見てわかるほど普段と違うのだろうか?解せない気持ちで校門へと向かう。

「ほな、また放課後な」

「じゃーなー」

やっとうるさいのがいなくなった。

「おはよう、日吉」

昇降口には鳳がいた。
また何か言われるかもしれないと警戒して、日吉はさりげなくマフラーで口を覆う。

「寒いの?もしかして風邪?」

「いや別に…」

「でも今日は機嫌良さそうだし、体調が悪いわけじゃないよね?」

「え。」

鳳の言葉に日吉は固まった。

「早く行こう。校舎の中はあったかいよ」

「…鳳」

「どうしたの?」

「なんで俺が機嫌良いと思ったんだ?」

「なんでって言われても…雰囲気でわかるとしか…」

「顔も見てないのに?」

「入ってきた時見たけど。んー直感ていうのかな?日吉だってわかるだろ、たとえば俺がへこんでる日とか」

「悪いがいつもへらへらしててわからない」

「ええっ?!ひどいなあ…。俺だっていろいろあるのに」

決してばかにしたわけではなく、鳳は気分によって人への態度が変わるわけではないからという意味だ。

「樺地のこともわかるのか?」

「まぁちょっとはね。樺地元気ないな、とかなら」

感情を出さない樺地はわからないが、宍戸や向日、忍足は日吉でもわかるので聞くまでもない。

「ねぇ日吉」

「なんだよ?」

「君は自分で思ってるほど無表情じゃないよ」

「…、どういう意味だ?」

「すごくわかりやすいってこと。じゃあ、またあとでね」

「おい!」

鳳にまでいじられるのは気に入らない。言いたいことはまだあったが、チャイムが鳴ってしまうので教室へ急いだ。



昼休みになった。
いつもなら学食へ行くところを、今日は屋上へ続く階段へと向かう。
日吉のお気に入りの場所だ。静かで、階段に座ると窓から空もよく見える。
つぐみが用意してくれたランチバッグを開いてお弁当箱を開けた。

鶏の胸肉ソテー、玉子焼き、ブロッコリー、ミニトマト、ごはんにゴマと梅干しが乗っている。

美味しそうだ。

肉の甘辛いソースと甘くない玉子焼きの組み合わせも好みだった。

デザートのりんごをしゃりしゃりかじっていると、視界の隅できらりと光るものが見えた。
日吉は慌てて双眼鏡を取り出す。
急いで空を眺めたが、何も見えなかった。太陽の光が何かに反射しただけのようだ。

「…そうそういいことは続かないか」

早起きして頑張ってお弁当を作ってくれたつぐみへの感謝を込めて、弁当箱をきれいに洗って返そうと思う。



夜、夕食も風呂も済ませてからつぐみに電話をかけた。
明日の朝も会うが、今日のうちに礼を言いたかった。

「今日はありがとう。…美味かった」

「ほんと?!よかったぁ…何回かお父さんで練習したけど、本番でうまくいくか心配だったんだ」

「別に最初から俺でよかったんだ」

「だってあんまり自信なかったから」

「ふん。つぐみが作ったものなら美味いと決まってるんだよ」

「……」

「な、なんで黙るんだよ」

「言ってくれるのは嬉しいけど…、若くんには美味しくできたやつを食べてほしいもん」

だからってお父さんを練習台にするのもどうかと思うが…

「次からは練習も俺でいい。作るたびにうまくなっていくのを確かめるも面白そうだ」

そうすれば何回もお弁当を食べられるし。

「うん。おいしいと思ってもらえるようなのまた作るね」

「だが無理はするなよ。作るの大変だっただろ?」

「そんなことないよ、大変だったのは早起きだけ」

「授業中に居眠りされても困るからな、次は半年後くらいでいい」

頻繁では申し訳ないので気を遣ったつもりだったが、シン…と空気が止まった気がする。

「……ほんとはおいしくなかった?」

「──は?なんでそうなるんだ」

「食べたくないから半年後なんて…」

「そんなわけないだろ。不味いなら不味いと言ってる、俺は嘘なんかつかない」

「それはわかってるけど…半年は長いでしょ」

「そうか?なら三ヶ月…いや一ヶ月後にする」

「なんか雑だなぁ」

「…っ、どうしろって言うんだ」

日吉はため息をついた。

「好きって言ってくれたら許してあげる」

「今関係ないだろ!」

「関係なくても聞きたい。嘘つかないんでしょ?」

「…、…、す、」

声が裏返ってしまったので咳払いする。

「つぐみが好きだ」

誰も見ていないのに顔はおそらく真っ赤で身体が熱い。
だがどうせなら本人を目の前にして言いたいものだ。

「ありがとう。私も若くん大好き」

「ま、また明日な。もう切るぞ」

「うん。おやすみ」

明日の朝も会えるので急いで切ってしまった。恥ずかしいのはいつまでたっても慣れない。
つぐみに言わせればもっと恥ずかしいことしてるじゃんとのことだが、それとこれとは別なのだ。



2026.02.04



戻る
 
トップページに戻る
ALICE+