やさしい夢を所望します



日吉に片思いするクラスメイト
第三者から見た日吉とつぐみ



帰りにちょっとだけ服見て帰ろう。制服に合わせるカーディガンが欲しいんだよね。そんなことを思ってショッピングモールに寄り道したけど、その選択はよかったのか悪かったのか今となっては微妙だ。

日吉くん――

思いがけず彼の姿を見つけてめちゃくちゃ嬉しかった。一年生の時から好きだったんだ。二年になっても同じクラスになれて運命の人だと勝手に決めた。ただし、彼との思い出はちょっと苦い。

中等部に移ったばかりでまだ環境に馴染めずにいた頃、初めてのホームルームで学級委員にされそうになった。内気で、明らかに前に立つタイプじゃないのはわかるはず。無理だと何度言っても部活に入っていないという理由で、さらには私が気が弱くて言い返せないのをわかっていて面倒事を任せてしまいたかったんだと思う。
多数決でみんなの手が挙がる。早く、できないってはっきり言わなきゃ。焦るほど言葉が出てこなかった。

「——俺がやる」

静かな教室に声が響いた。

「えっ?でも確か日吉くんてテニス部じゃない?練習忙しいでしょ?部活が忙しい人は除外していいって先生が…」

「部活が忙しいからなんなんだ。やりたくない奴に無理やり押し付けるくらいなら俺がやる」

「あー…いや、先生の言い方が悪かった、すまない。もう一度みんなでよく考えて決めよう」

それまで黙っていた担任の先生がばつ悪そうに言った。
結局その後、学級委員は別の人に決まったのだけど。

「日吉くん、さっきはごめんね」

休み時間になって真っ先に日吉くんにお礼を言いにいった。

「俺に謝るよりまず自分の意見くらい堂々と言ったらどうだ」

態度も言葉もぶっきらぼうなのに、優しいと感じたのはどうしてだろう。

それからはできるかぎり頑張ってはっきりと喋って自分の気持ちを伝えるようにした。日吉くんの影響で成長している私を見てほしかったから。そうしているうちに友達もたくさんできて自信もついた。


「……」

ど、どうしよう。思いきって声かけちゃおうかな?馴れ馴れしいのは嫌いかな?

そわそわしながら彼の背中を追いかける。その時になって、傍に駆け寄る女の子がいることに気づいた。別のところに居たのか。

――彼女?!

えー…うそ…考えてなかった。

氷帝の子じゃない。あの制服どこの学校だろう…
少し意外だった。つき合うなら同じ学校で親しくなった子とか…それ以前にテニスのことで頭がいっぱいで恋愛どころじゃないと思った。あ、でも自分は興味なくたってモテるのは仕方ないか。

ショックで泣きそうだけど、なぜか二人の後をつけてしまう。傷が深くなるだけだからやめればいいのに、なにやってるんだろう。

二人はクレープ屋さんに寄った。日吉くんも食べるのかと思ったら手に持ってるのは飲み物だった。
いいなぁ…私も日吉くんとクレープ食べたかったなぁ。ひとくち交換したりして…
いやそれどころじゃない。笑ってる…というかほんの微かな笑みだけど、普段見せないあんな柔らかい表情を独り占めできるだけでどんなに幸せだろう。

「……?」

ふいに日吉くんが振り向いた。私は慌てて近くの店の中に隠れた。

びっくりした。うらやましいからって見過ぎだったかな。
気づかれたかと思ったけど大丈夫だったみたい。
ああでも…できれば今じゃなく、教室にいる時に私の視線に気づいてほしかったなぁ…うまくいかないものだね。

反射的に飛び込んでしまった全然関係ないゴルフショップを出る。
お店の人が見てなくてよかった…

よし、もう帰ろう。洋服を見る気分じゃなくなった。
あきらめの悪い私は目の前の光景を見てもまだ想いを捨てていない。どうにもならないのはわかっているけどせめて気持ちだけ伝えようと決意していた。そして、日吉くんを好きになったおかげで変われたんだよって感謝を込めて。
私の前を二人が手をつないで歩いていく。
といっても彼女が積極的に握ってる感じだけど、あたりまえだけど振り払うなんてことはない。
まるで、彼女がいるのに告白なんて無粋なことはやめろと警告されているかのようだった。
やっぱりやめた方がいいかな、日吉くんを困らせて、彼女には嫌な思いさせるかも…
駅へと向かう道のりは二人が行く方向と重なってしまい、私はずっと楽しそうな様子を眺めることになった。



一週間後、悩みに悩んで結局告白することを決めた。

「いきなり呼び出してごめんね。あ、あの…」

ここでうじうじしちゃだめだ。ますます迷惑かけちゃう。日吉くんが嫌そうな表情をしていないのが救いだった。

「私、日吉くんのこと好きなんだ。一年の時からずっと…」

「……」

彼が口を開きかけたのを遮って続ける。

「ごめんね、彼女がいるって知ってるんだ。偶然見ちゃって。でも私の気持ちをどうしても知ってほしくて…」

「……」

「日吉くんは覚えてないと思うけど一年の最初の頃に助けてもらったあの時…あなたに自分の意見くらい堂々と言えって言われたおかげでちゃんと喋れるようになったんだよ。今は友達もいるしね」

「俺は関係ない。お前自身が努力した結果だろ」

「そんなことないよ、日吉くんに言われなかったら私あのまま…」

誰かが助けてくれるのを待ってるだけの人だったかもしれない。

「まぁ、そう思いたい気持ちもわからなくはないがな。…俺もあいつに出会ってなかったら、お前が伝えてくれた言葉を無視して冷たくあしらったかもしれない」

そうかな?確かに表面的なイメージではそんな感じだけど、実際言われたら今と変わらなかった気がする。

「うらやましいな。日吉くんにそこまで言わせるなんて。彼女さんのこと大好きなんだね」

「大…とか言うな」

いやいやもうそんな、顔赤らめて照れたりしないでよ。可愛い。
大声で泣きたい気持ち半分、初めて日吉くんと会話できた喜び半分。きゅん死ちょこっと。感情が追い付いていかなくて自分が今どんな表情をしているかもわからない。

「……」

日吉くんが私の顔をじっと見ている。

え?

差し出されたハンカチに視線を落とした瞬間、目が熱くなって涙が零れ落ちた。

「…悪かった」

「違うよ、日吉くんは何も悪くないよ。結果わかってて言った私が悪いんだよ」

でも最後にひとつだけ。貸してくれたハンカチを宝物にしてもいいかな?





20231108


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