「あっ狗巻先輩見てください、野良猫ですよ!」
「高菜〜」
私が指さした先にいた野良猫を見て、狗巻先輩は本当だとでも言いたげに目を丸くする。茶色が多めの三毛猫で、高専の敷地内では初めて見かける子だ。そもそも野良猫なんて高専ではめったに見かけないけど。三毛猫は眠そうに目を細めながら、自動販売機付近のベンチの上で丸くなっている。日差しを受けてほわほわと輝く毛並みを見て、私は思わずため息をついた。
「(触りたい……! けど、今はまだ訓練の途中だしなぁ……)」
飲み物を買いに行くと言ってふたりで抜けてきただけだし、あんまり長居は良くないだろう。すると私の考えを見透かしたかのように狗巻先輩は言う。
「ツナツナ」
「え、いいんですか」
「しゃけ」
「じゃあ遠慮なく!」
狗巻先輩からOKが出た私は、早速お目当ての猫に近づき始める。ずいぶん人馴れしているのか、初対面の私が近づいても全く動じなかった。勇気を出してベンチに座ってみる。猫はちらりとこちらを見上げるものの、一切逃げる素振りを見せない。これはもしかしてお触りOKってことなのかな……? 刺激しないようにそっと手を伸ばして、恐る恐るその頭に触れてみる。ふわりとした柔らかい毛並みに、思わず頬が緩んだ。
「わ、ふわふわだぁ」
可愛いなあ、と思わず呟いてしまう。力加減に気をつけながら撫でていると、ごろりと寝転がってお腹を見せてくれた。なんてサービス精神旺盛な猫ちゃんなんだ……! 感動した私は遠慮なくそのお腹も撫でまわし始める。うーんもふもふ。すっかりその毛並みを堪能していると、私の正面に立って猫を眺めていた狗巻先輩が問いかけてきた。
「昆布、ツナマヨ?」
「私ですか? 猫好きですよ! というか動物みんな好きです」
虫はちょっと苦手ですけど、と言いつつ猫を撫でる私の手は止まらない。猫も猫で満更でもないのか、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
いつか一人暮らししたら猫飼いたいなぁ。そんなことをぼんやりと考えている私の頭に、ふわりと何かが乗る感触がした。
「へ?」
思わず顔を上げると、狗巻先輩が手を伸ばして少し屈みながらこちらを見ているのが視界に飛び込んでくる。伸ばした手の先には私の頭があって、どうやら先輩が私の頭を撫でたらしい。その表情はどこかぼんやりとしていて、心ここにあらずといった感じがした。
思わず固まってしまった私がそのまましばらく先輩の顔を見ていると、先輩も徐々に正気を取り戻したらしい。先ほどまでのぼんやりとした表情は段々と驚愕に満ちたものに変わっていった。
「お、おかか!! おかか!! 高菜……明太子……」
どもりながら思い切り手を引っ込めたかと思えば、ワタワタと慌てるように何かを拒否し始め、ついには顔を真っ赤にして俯いてしまった。穴があったら入りたいとばかりに恥ずかしそうな様子である。
なるほどこれは、と何かを察した私は微笑む。
「先輩、そんなに触りたいなら言ってくれればよかったのに」
「ツ、ナ?」
「独占しちゃってすみません! はい、どーぞ!」
私はさっと持ち上げた猫ちゃんを先輩の目の前に差し出した。キョトンとした狗巻先輩と猫ちゃんの目が合う。数秒ほど見つめあったかと思うと、なんとも言えない微妙な顔をされてしまった。
「昆布……」
「あれ、違いました? てっきり先輩も猫ちゃんに触りたかったのかと」
じゃあなんで先輩は私の頭を撫でたんだろう。私がそんなことを考えていると、狗巻先輩がまあいいや、みたいな呆れ顔で「おかか……しゃけ」とつぶやいた。さっきまで引っ込めていた手をそっと伸ばす。その手に猫の毛並みが触れた途端、先輩の頬がふにゃりと緩んだ。
「……ツナマヨ」
「ふふ、撫でてもらえて嬉しいねぇ〜猫ちゃん」
なぉん、と猫が嬉しそうに鳴いた。
***
「それで? そのまま仲良く猫撫でて帰ってきたのか」
「しゃけ……」
「はぁ〜……お前ってやつは本当に……」
「せっかく俺たちがふたりっきりにしてやったのに、流石にそれは奥手過ぎるだろ。もうちょっとこう……ガッといけよ」
「たっ、高菜!」
「行ってるつもりだって? いやあいつ鈍感だからちょっとやそっとじゃ気づかねえって」
「だよなあ。にしても、俺もあいつのこと鈍感だとは思ってたけど、まさか頭撫でられて勘違いですませるほどだとは思わなかったわ」
「まあそれに関しては単に気を使ってるだけって可能性もあるが……そもそも棘、お前マジで男として全然意識されてないんじゃねーのか?」
「梅……」
「あー悪かったって。そんなに落ち込むなよ」
「そうだ、動物好きなんだったら一緒に猫カフェとか誘ってみたらどうだ? 確か駅の近くにあったろ」
「! しゃけ! ツナマヨ!」
「おう、今度こそ頑張れよ」
「応援してんぞー」