01 なんでお前がこんなところに居るんだ

 なんでお前がこんなところに居るんだ。

 俺が彼女と出会った瞬間に抱いた感想は単純にそれだった。
 組織に潜入してそれなりに仕事をこなし、コードネームを得て暫らく。組織内では"探り屋バーボン"と評されるくらいだったから、俺の情報収集能力は認められているつもりでいたし、実際認められていたのだと思う。俺は与えられたどんな仕事もミス1つなくこなし、いつだって組織に非常に忠実な犬であり続けた。

 そんな俺が組織飼い主に食らいつくためにその身を偽って潜入している公安だなんて、誰も思いはしないだろう。擬態は何処から見ても完璧だった。
 スコッチを失った今、残された俺にできるのは出来るだけ組織の中枢に近づき、一刻も早く組織を壊滅させる手立てを整えることだったのだから。そのためならなんだってやってやる。
 ギラギラ光るナイフのような獰猛な信念を、その鋭い切れ味が鈍らぬように毎日密かに研ぎ、決して見つからぬように偽りの笑顔の内にそっと隠していた。

 そんな中、組織の幹部であるジンからある人物を紹介したい、と組織の所有する施設の1つに呼び出された。曰く、これから仕事を共にすることもあるだろうから、ということらしい。どんな人物なんだと聞けば戦闘に長けた人物だとしか教えられなかった。実際会うのだから別にいいだろということなんだろうか。
 俺は一体どんな歴戦の猛者のような大男が出てくるのかと空想しながら呼び出された場所に向かったのだが、そこで出会った人物に俺は自らの目を疑うことになる。

 まず現れたのは予想に反して、中学生くらいの幼い少女だった。この少女が戦闘に長けた組織の構成員だというのか。
 背丈は140センチ前後の小柄で、肌が病的に白い。線が細く、俺が片手で強く握ったら折れてしまいそうな、そんな印象を受ける。黒いTシャツにショートパンツ、それに加えて裸足といった具合に酷い薄着であったため、身体中の至る所に包帯が巻かれているのが確認できた。戦闘員たるもの生傷は絶えないのだろう。

 まあそんなことはいいのだ。裏社会に足を踏み入れれば、こういった比較的若い戦闘員というのは(それでもこんなに若い……というか幼い、戦闘員は珍しいが)頻度はそれほど高くはないが時々出会うことがある。俺にとっての問題はそこではない。
 俺が目を疑った原因は、少女の顔だ。

 彼女の顔が、20年前、行方不明となって死んだとされていた少女に、生き写しかと思うほど、そっくりだったのである。

 長い前髪からのぞく大きな黒い瞳も、それを縁どる長いまつ毛も、つんとした小さな鼻も、引き結ばれた口も……なにもかもが。
 少し気になる点と言えば、少女の目がびっくりするくらい光を孕まない事であるが……。

『れいくん』

 俺の本来の名を呼ぶ、幼い声が脳裏に鮮明に蘇る。

 ――違う。
 目の前の少女は、瓜二つだが別人だ。"あの子"は俺と話すときもう少し明るい表情を浮かべていたし、第一"あの子"が本当に生きているならば、俺より3つ下だったから今頃26歳になっているはず。こんな幼い姿であるはずがないのだ。

 黙ったままの俺にしびれを切らしたようにジンが苛立つのを目の端に確認した。それと同時に脳内に巡る考えを自分自身で無理やり打ち消し、今までの脳内葛藤など何も無かったかのように完璧な笑顔を作ってみせる。少し低めの彼女の目線に合わせるように首を僅かに傾け、話しかけた。

「初めまして、ですよね。僕のコードネームはバーボン。あなたは?」
「色だ」

 少女ではなくジンが素っ気なく少女の名を答える。
 色……名前まで同じなんて、こんな偶然あるか? 思わず感情が顔に出そうになるが、何とか押し殺す。だがふと、返答に別の違和感を覚えた俺は、少女に合わせていた目線を上げて、ジンに直接問う。

「それは名前でしょう。コードネームは無いんですか」
「"人形"に2つも3つも名前は要らねェとさ」

 は、と嘲る様にジンは言った。その言葉に思わず眉をひそめて聞き返す。

「彼女が、"人形"?」
「ああ、見えねェか?」
「いえ……そうですね、確かに"人形"だ」

 "人形"……昔から組織内でよく聞く通り名だ。
 ウォッカと共にジンの傍にいるのが多いと聞いたが、噂では組織内の他の幹部たちにも重宝されているらしく、任務に同行しては護衛やら暗殺やらを請け負っているのだとか。
 生に執着せず、死を躊躇わず。眉ひとつ動かさず鮮やかな手口で命を奪い、傀儡師ご主人様の命令通りに動く姿は、まさしく操り人形のようだということからその通り名がついたのだとか。俺も噂程度でしか聞いたことが無かったが、まさか目の前の彼女だとは……。

 また視線を少女に戻す。相変わらず少女の大きな瞳は俺を映したまま瞬きすらしようとしない。……何を考えているのかよくわからないところもそっくりだ。このまま沈黙にしておくのもなんだか居心地が悪いのでよろしく、と微笑んで少女に右手を差し出す。

 少女はちらりと傀儡師ジンを見上げてその判断を確認するような素振りを見せてから、こちらに目を合わせて棒切れのような細い腕を持ち上げてそっと俺の手を握り返した。

 血が通っているとは思えない、氷のように冷え切った手だった。
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