string of fate

 運命の赤い糸、とかいう話がある。

 愛する者同士は小指が見えない赤い糸で繋がっているのだとかいう、そういう類の奴だ。
 まあ大体の人間は信じないだろう。幻想? 妄想? 物語の中だけの存在? ……いやいや。

「そういうのって意外とあったりするんだなーこれが」

 わはは。
 空気の抜けた風船みたいな、中身のない空っぽの笑い声が僕の口から零れる。

 目の前には血まみれの男が転がっていて、ピクリとも動きそうにない。薄暗い場所ということもあってかその血は赤というより黒く見える。裏切り者にはふさわしい最後だぜぇ、なんて、かっこつけたことを思いながらその辺に落ちていた男の携帯を適当に尻ポケットに突っ込んだ。あ、画面割れてる。さっき殺した時に割っちゃったのか。でもま、中身が無事ならなんでもいいや。その指から伸びる糸がすべて崩れて消えるのを見届けてから、僕は自分の携帯を操作した。呼び出した連絡先はいつものお得意先。数コールもしないうちに繋がった。

「シモシモ〜? うっす、僕でっす。またネズミちゃん見つけて処分しときましたんでぇ、お掃除ヨロシク〜」

 ばいちゃ、なんておちゃらけて言って電話を切る。うーんと伸びをして首をゴキゴキ鳴らした。とりあえずここは大丈夫でしょう。立ち去ろうとしたところで背後の男へ振り返る。

「そんなどす黒い糸繋がってちゃさぁ、そんなんじゃ僕に気付かれるのもしゃーないんですよね〜」

 来世はもっとうまくやりなよ。
 大きな独り言を零しながら僕は軽やかな足取りでその場を後にした。


***


「ギムレット」

 ふと、大好きな声が僕の名前を呼ぶ。
 ばっと勢いよく振り返れば案の定、大好きなその人が立っていた。

「ジ〜ンたんっ!」

 わは!とわかりやすく表情と顔色を変えて僕はその人に今にも飛びつかん勢いで近づいた。対するジンたんはいつものように苦ーい煙草を吸っていて、眉ひとつ動かす様子も無い。んもう、相変わらずクールビューティーだなあ! えへへと顔が緩むのも気にせず揚々とジンたんに話しかける。ジンたんを意識して伸ばした金髪がさらさらと風に吹かれて踊った。

「何々!? ぐーぜんだねぇ! ジンたんもこの辺で仕事?」
「テメエに教える義理はねェ」
「ひえー辛辣ぅ、そんなこと言われると僕泣いちゃうぞぉ」

 ぴえん。わざとらしく泣いたフリをしてみるけどジンたんはスルーだ。それよりも、と話を切り替える。

「聞いたぜ。またネズミを殺したそうじゃねえか」
「また? どれのことかわかんねーけど、うん。殺したよ」

 僕はけろっとしたまま答える。僕にとって裏切り者の始末は呼吸とおんなじだから、いちいち覚えてなんていない。だから誰を殺したかなんて言われても全然ぴんとこないのだ。ハクジョーなやつだってキャンティにもよく言われるけど、僕はよくわからない。だって、これが僕にとっての普通だから。ジンたんと黒い糸で繋がったやつは誰だろうと殺す。それがジンたんが大好きな僕の仕事だから。

「それが何?」
「いや。毎度毎度ネズミを見つけるのが上手いなと思ってるだけだ」
「上手い!? 僕上手い!? そうかなー?」

 わはは! ジンたんに褒められた! 滅多にないことで僕はすっかり舞い上がってしまう。ジンたんが使い走りの僕をこうやって褒めたのはこれが初めてなんじゃないかなあ。顔がにやけて、頬が紅潮する。だけどそんな僕をよそに、ジンたんは冷ややかな笑みを浮かべていた。

「ああ、上手いぜ。まるでテメエがネズミだから、わざとお仲間を売ってるんじゃねえかと思うくらいにはなァ」

 じろりと鋭い瞳がこちらに向けられる。僕はそれだけで天にも昇る心地だった。身体の中心が痺れたみたいになって、最高だ。どんな薬よりもハイになれる気さえする。ああ嬉しい。ジンたんが僕を見てる。視界に入ってる。わは、と笑って僕の目が輝くのが自分でもわかった。なんならハートになっているんじゃないかなあ。こて、と首を傾げるようにしてジンたんの目を真っすぐ見る。

「なぁに? ジンたん、僕を疑ってるの?」

 その問いかけを肯定も否定もせずにいるジンたん。じっと見てこちらのほころびを狙っているんだ。その射抜くような視線が大好きで、僕は蕩けたような恍惚の表情を浮かべる。そっと距離を近づけて、その網膜になるべく映り込もうと必死だ。

「ねえ、僕が気になる? 気になる? ……ねえ」

 息づかいさえも触れ合う距離に入っても、ジンたんはずっと僕のことを見つめ続けていた。ポケットに突っ込んでいた右手を勝手に取り出す。そこに握られていた拳銃を、そのままそっと僕のこめかみに当てた。冷たい金属が額に触れて、僕の顔が発熱しているのがよくわかる。あはは、馬鹿になっちゃったみたいだ。

「もっと疑って。もっと僕に興味を持って」

 そう言いながら握ったジンたんの手。冷たくて大きなその手からは僕にしか見えない無数の糸があちらこちらへ伸びている。ほとんどが憎しみの黒だけど、遊び相手と繋がる薔薇色もちょこちょこ混じっている。ジンたんかっこいいからなあ。罪な男だ。あと金色と銀色もだ。お金だけの関係ってのもジンたんらしい。この世は糸のもつれあいだと思ってずっと生きてきたけど、この人を見ていると本当にそう思う。

 そんなにたくさんの糸を抱えているのに、僕の指からジンたんに糸は伸びていない。何色の糸も、だ。
 それがずっと寂しいと思っていたんだ。僕はこんなにジンたんのことを思っているのに、ジンたんはちっとも僕のことを見ていやしない。

 どうしたら見てくれる?
 どうしたら僕に糸を繋いでくれる?
 運命の赤色だったら嬉しいけど、遊び相手の薔薇色でもいい、いっそのこと憎しみの黒色でもいい、……だから。

「もっと僕を見てよぉ、ジ〜ンたん?」


<ギムレット……カクテル言葉『遠い人を想う』>