或る執行者の憤懣

 物語というのは列車によく似ている。

 始まりがあれば終わりがあるという点。
 多少の進路変更はあれど、初めから敷かれたレールの上しか走行を許されないという点

 そして、移ろいゆく景色に干渉できない点。

 人々は列車に乗るような心地で物語を楽しみ、そして満足げに降りていく。
 それが、物語の通説。常。ことわりだ。

 だが、こう思う乗客もいるだろう。
「窓の外に、自分も行きたい」
「景色をもっと、自分好みに変えてしまいたい」
「あの枯れてしまった花を、自分なら枯らさずに咲かせ続けられる」
 と。

 本来部外者である彼らは皆純粋にそう思い、実際にそうしようと窓の外を飛び出した。
 全てはこの景色をより良いものにするために。

 ――その行動が命取りになるだなんて、思いもしないまま。


 

「フラグ成立だろ?」




***


 夕暮れ時。少しずつ道に帰宅する人が増え始める時間帯に、江戸川コナンは少年探偵団のメンバーらと共に喫茶ポアロでケーキをごちそうになっていた。なんでも、この間偶然出くわした際に事件解決のために協力してくれたお礼らしい。絶品のケーキに舌鼓を打ち、感想を述べれば、作った本人である安室はにこりと微笑んだ。

 すると、カランとドアベルが鳴って、客が入店したことを告げる。安室は入店の挨拶をすべくそちらに視線を向け、中途半端に言葉を途切れさせた。不自然に言葉を失った安室を不審に思い、コナンはぱっと入り口を見る。

 立っていたのはひとりの男だった。
 ひょろりと高い背格好。蓬髪でゆらゆらと波打つ髪は日本人には珍しい灰色をしている。その上から潰れた黒い帽子を被り、顔に影を作っていた。目は細く、閉じているのか開いているかを判断するのは難しい。まるで口元を隠すようにぐるぐると念入りにマフラーが巻かれている。年季の入ったロングコートは引きずりそうなほど長く、それは濡れた烏のように黒々としていた。

 思わず、"彼ら"の姿が頭を過った。
 ずっと追い求めている、例の組織の男達である。

 ぱっとカウンターの安室を見上げると彼と目が合った。安室は何とも言えない表情で小さく首を振る。彼も見たことがないらしい。ここで灰原に訊けば一発なのだが、生憎彼女は所要の為不在であった。思わず男を見る目に力が入る。そんなコナンを見て、子どもたちが不思議そうに見ているが、それに構っている余裕は彼に無かった。例の組織の仲間である可能性が捨てきれない以上、男から目を離すことができるわけがない。それは安室も同じようであるらしい。優し気な店員の表情を浮かべながら、視線はどこか探るような色を帯びている。

 だが男はそれに気づいていないらしい。柔らかく細められた目はそのままに、彼らの視線をものともせずその場に立っている。

「こんにちは」

 ぽんと、言葉が宙に浮く。それが男から発せられたものだと理解するのに数舜要した。

「ひとりなんだけど、大丈夫かな」

 男は、見た目に反して温和そうな声と口調で言った。やや遅れて安室が反応し、カウンターから様子がうかがえる席に案内する。男はにこりと微笑みを浮かべて礼を言い、素直に席に着いた。

「ご注文は?」
「コーヒーをひとつ」
「かしこまりました」

 安室が立ち去る。男は帽子を外して隣の席に置くと、どこから取り出したのか、古びた文庫本を取り出して読み始めた。その落ち着いた様子はどこかミステリアスな雰囲気を醸し出している。コナンはいてもたってもいられず、わざとらしくボールペンを落とした。するすると床上を滑るそれを追いかけるようにひょいと席から降りて、男の元へ歩いていく。

「こんにちは、お兄さん」

 コナンの声を聞いた男は文庫本から顔を上げて、声の主を探そうとする。そして目の前の少年に視線を合わせると、柔らかく微笑んだ。

「こんにちは。どうしたんだい?」
「僕のボールペンがお兄さんのテーブルの下の方に入っちゃったんだ。とってもいい?」
「そうか、それは大変だ」

 どうぞ、と男は快く席を立つ。その仕草や表情にはどこにも演技じみたものは感じられない。完全に本心からの行動だろうと判断したコナンは観察を止め、ありがとうと可愛らしく礼を言った。テーブルの下に潜り込み、ボールペンを回収する。テーブルの下から這い出せば、男はいたって心配そうに言う。

「とれたかい」
「うん! ありがとうお兄さん」
「次からは気を付けるんだよ」

 男はそう言って優し気に微笑んだ。男が席に座りなおし、文庫本に手をかけた瞬間コナンは子どもらしい表情を浮かべたまま尋問を始める。

「お兄さん、この辺じゃ見ないけど……どこから来たの?」

 質問されるとは思っていなかった男は、文庫本に手をかけたまま一度コナンに視線を向けた。その行動に内心どきりとするが、男がコナンと目を合わせたのはほんの一瞬のことで、そのあとすぐに逸らしてしまった。手をかけていた文庫本をしまい、コートのポケットに手を突っ込む。

「遠い国から来たんだ。日本から、うんと遠いところ」
「へえ、そうだったんだ。何しに来たの?」
「ちょっと人探しにね」

 男はいたって何ともなさそうに言った。対するコナンはといえば男の発した人探し、という単語にどこか引っ掛かりを覚えている。外国から人探しの為だけにわざわざ来日したのだろうか。そこまでするということは、探しているのはかなり大切な人物なのだろう。大人顔負けの頭脳をフル回転させながら、コナンは子供らしい相槌をうつ。

「ふうん。誰を探してるの? この辺りに住んでる人なら僕教えてあげられるよ!」

 だからその人物についての情報を寄こせ。そんな真意をたっぷりと含んだセリフを吐いて、コナンは慣れたように猫を被る。すると図ったかのようなタイミングで安室がコーヒーを運んできた。

「お待たせしました。ブレンドコーヒーです」
「ありがとうございます」

 男は温和な表情を浮かべて礼を言う。安室はちらりとコナンに一瞬視線を向け、何事も無かったかのようにテーブルを離れた。一口コーヒーを飲んだところで男は思い出したかのように言う。

「人探しの件だけど、そんなに気にかけてくれなくても大丈夫だよ。実はもう大体の見当はついているんだ」
「そうなの?」
「うん。多分この辺りだろうって」

 すい、と男が店に視線を向ける。辺りを見回すように視線を泳がせ、ぴたりとある人物のところで止まった。

「あの人は誰かわかるかい」
「あの人?」

 ほら、と言う男の視線と同じ場所を見ると、そこに座っていたのはひとりの女性だった。特に派手な美人というわけではないが、目鼻立ちの整ったその女性に対してはコナンも覚えがある。ああ、と納得したような声を出した。

「最近ポアロに通い始めた常連さんだよ。安室さんとよく話してるところ見るけど」

 それがどうかしたの? コナンはそう言って男を見上げる。だが男は何も言わずにじっと女性の方を見ていた。その様子にコナンは頭を回し始める。男の探していたというのはこの様子からしてあの女性だ。だが、どうしてわざわざ外国から彼女を探しに来たのだろう?

 彼女は以前コナンも少し不審に思った人物だった。初対面のはずなのにどことなく自分が普通の子どもではないことを知っているような、そんな接し方をするような女性だったから。だが彼女は調査の結果、何の変哲もない一般人だということが証明された。きっとあの時の違和感は気のせいだったのだろうとすっかり納得した気でいたのだが、まさかなにかあるのだろうか。公安やFBIでも調べることの出来なかった、重大な秘密が……。

「さてと。じゃあ私はもうそろそろ行くとするかな」

 知らぬ間にコーヒーを飲み終えた男はすくっと立ち上がった。もう少し情報を聞き出そうと慌てて引き留めようとするコナンに、男は不気味なほど優しく言ってのけた。

「さようなら、コナンくん」

 お代をテーブルに置き、男は一度も振り返ることなくひらりと手を振って店を出る。コナンはその男のことを追いかけることなく、ただ茫然とその場に立ち尽くしていた。その表情は固まったまま、どこか青ざめてさえいる。

「……なんで、俺の名前を」

 そのつぶやきは店内のざわめきにかき消され、誰にも聞かれることは無かった。


***


「……ふふ」

 わたしはベッドにごろりと寝転がったまま、枕に顔を埋めて息を漏らした。手に握っているのは何の変哲もないスマートフォン。起動しているのは何の変哲もないメッセージアプリ。だが表示されているメッセージはわたしにとって、とても特別なものだ。

「『また明日、ポアロでお待ちしています』かあ」

 今しがた送られてきたばかりのメッセージを再読しては笑みを零す。宛名の所に表示されているのは昼間の喫茶店で会った『安室透』という名だ。

 名探偵コナンの世界にトリップしたと気付いてから早数か月。ポアロに通って噂の安室さんを拝んでいただけのわたしだったが、ひょんなことから連絡先を交換し、たまに食事に行くくらいの仲になっていたのだ。
 「平凡を絵にかいたようなわたしが何故……?」と我ながら実に信じられないが、事実なのだから仕方がない。生前から夢だった安室さんの愛車の助手席に座れた時は変な声が出そうだったのを必死に押し殺した。

「運転する安室さん、かっこよかったなあ」

 助手席から見た彼の横顔を思い出すと頬が緩む。運転中、これが全安室の女が憧れたシチュエーションかあ、なんて馬鹿げたことを考えていたのは内緒だ。

「そういえば、あの人一体誰だったんだろう」

 ふと、ポアロ繋がりでひとりの男の存在を思いだす。夕方頃に店を訪れ、30分もしないうちに店を出た奇妙な男だ。
 全身を黒づくめの服で覆った男はいたって温和そうな雰囲気を出していたが、コナンくんや安室さんがとても警戒していた。そりゃそうだ、あんな格好してればあのふたりが疑わないわけがない。

「うーん、コナンにあんなキャラいたかなあ……」

 もし彼がコナンの物語の登場人物だとすれば確実にわたしはわかる自信がある。だがあんな見た目の男はどんなに頭を捻ってもいなかったはずだ。しかも気になるのは、しばらくこちらを見ていたような気がすることである。男が去った後にコナンくんにそれとなく聞いてもはぐらかされてしまったが、あのはぐらかしかたは恐らく図星だろう。

「もしかして、新しく判明した幹部候補とか! なーんて……ん?」

 浮かれたわたしの心を落ち着けるように、携帯がメッセージを受信したメロディを奏でる。まさか安室さんから? そう思いながらいそいそと宛名を確認した。だがユーザー名は文字化けしたようになっていて解読することができない。とりあえずメッセージを見ようと開けば、思わず眉間にしわが寄る。そこに書かれていたのはたった一言。

『ベランダ』

 送り間違いだろうかと思い、無視しようとするが、なんとなく気になってしまう。

「ベランダに、なにかあるの?」

 少し確認するだけだ、そう、少しだけ。
 そう思ってベッドから起き上がり、ベランダへ続く窓へと足を向ける。閉めていたカーテンをさっと開けた。

 次の瞬間、たん、と額に衝撃が走った。

「――――――え?」

 何が起きたのかわからないままわたしの身体は重力に従って後ろに倒れる。背中をしたたかに打ち付け、その拍子に顔が右を向いたことで気づいた。

 どくどくと、真っ赤な液体が流れている。
 それがわたし自身の血だと気付くより前に、わたしは意識を失った。


***


 とあるビルの屋上。冷たい夜風が吹き抜ける中、からりと空薬莢が転がる音が空しく響く。
 男は標的の女が絶命したのをスコープ越しに確認すると、重々しいスナイパーライフルのトリガーから指を離し、ふうと息を吐いて身体を起こす。耳に刺したインカム越しに連絡を入れる。

「こちら96番。対象を始末した。後始末よろしく」
『ご苦労。すぐに人員をまわそう。君も片付き次第、速やかにその次元から脱出したまえ』
「へいへい」

 短く返事をして通信を切る。そして仕事は終わりだとばかりに無言でさっさとライフルを解体し始めた。まるでさきほど命を奪ったのが嘘のように、男の手つきは事務的である。

 そうこうしているうちに、男の携帯が鳴り響いた。仕事の連絡が来た時になるメロディを聞いて思わず舌打ちが飛び出す。休む暇も無いのか。内心そう思いながら電源を入れて与えられた仕事内容を確認する。

「えーっと……時間はここから約7年前の米花町。場所はとあるマンション。対象は……またこいつか。最近多いな、流行ってんのか?」

 本来死ぬべき人物である彼の名前を見て、悪態をつきながら男はポケットに携帯をしまった。すぐさまライフルの解体を再開する。

「全く、忙しい時代になったもんだな」

 男は作業をする手を止めずに、独り言を呟く。徐々に崩壊し始める次元で、彼の言葉に耳を貸すものはこの場に誰もいなかった。

「神が不慮の事故で亡くなったお前を憐れみ、せめてもと見知った次元に転生させてやったというのに、記憶を取り戻しやがって。干渉しないなら許してやろうと思っていたが……おかげで俺が駆り出される有様だ」

 仕事増やしやがって、と人が変わったように男は悪態をつく。おそらくその相手は今しがたこの手で命を終わらせた女に対するものだろう。

「そもそも、お前ら転生者を別次元であるこの世界が受け入れること自体がイレギュラーなんだよ。わざわざ許容してるだけだってのに、登場人物の友人や恋人関係になるだけに飽き足らず、本来物語にあるべき死すら勝手に変えようとしやがって……どこまで身勝手になりゃ気が済むんだ、モブ野郎」

 男の声に静かに苛立ちが混ざる。余程思うところがあるのだろうか、優し気に細められていた瞳は今は見る影もなく、不機嫌を露骨に滲ませながら冷ややかに街を見下していた。

「次元の向こうの憧れの王子様と仲良く楽しく恋愛ゴッコできりゃあ満足か? シナリオを好き勝手引っ掻き回して、世界を自分の思い通りに創り替えればそれでいいのか?」

 男の語気は苛立ちと共に段々と荒々しくなっていく。ライフルをすっかり解体し終え、バッグのジッパーを勢いよく閉めた。

「本来の死を捻じ曲げてなかったことにすれば満足か? 生きていればみーんな幸せなハッピーエンドを迎えられるとでも思ってんのか? ……それだけで全部解決すると思ったら大間違いなんだよ、脳内お花畑が」

 チッと舌打ちを飛ばしながら、ライフルバッグを背負うと丁度インカムから声が聞こえてくる。

『96番、まだいたのか。早く離れないと巻き込まれるぞ』
「わーってるようるせえな。今行く」

 煩わしそうにそう言うと、男は乱暴に通信を切った。屋上から遠くの空に……女が住んでいたであろう建物のあたりに目を向ける。4割ほど崩壊した次元を見て、ひとり冷笑しながら呟いた。

「折角転生したのに悪いね。物語の干渉者となった以上、監視者である俺の上司が……執行者である俺たちが、動かないわけにはいかない」

 すっと、細められていた目を開く。
 瞼の奥の瞳は墨を幾重にも塗り込んだように黒々として、底の見えない穴のように不気味な雰囲気を放っていた。光など微塵も宿るはずがない。

「これは決まりなんだ。恨むなら、こんな世界に生まれちまった自分自身を恨めよ」

 言いたいことは終わりだとばかりにさっさと次元を後にする男の鞄から、ひらりと1枚の紙が落ちる。
 そこにはシンプルに一言、こう書いてあった。

『物語改変者始末課 執行者No,96』


***


 夕暮れ時。少しずつ道に帰宅する人が増え始める時間帯に、江戸川コナンは少年探偵団のメンバーらと共に喫茶ポアロでケーキをごちそうになっていた。なんでも、この間偶然出くわした際に事件解決のために協力してくれたお礼らしい。絶品のケーキに舌鼓を打ち、感想を述べれば、作った本人である安室はにこりと微笑んだ。

 すると、カランとドアベルが鳴って、客が入店したことを告げる。安室は入店の挨拶をすべくそちらに視線を向け、中途半端に言葉を途切れさせた。不自然に言葉を失った安室を不審に思い、コナンはぱっと入り口を見る。

 立っていたのはひとりの男だった。
 ひょろりと高い背格好。蓬髪でゆらゆらと波打つ髪は日本人には珍しい灰色をしている。その上から潰れた黒い帽子を被り、顔に影を作っていた。目は細く、閉じているのか開いているかを判断するのは難しい。まるで口元を隠すようにぐるぐると念入りにマフラーが巻かれている。年季の入ったロングコートは引きずりそうなほど長く、それは濡れた烏のように黒々としていた。

 思わず、"彼ら"の姿が頭を過った。
 ずっと追い求めている、例の組織の男達である。

 ぱっとカウンターの安室を見上げると彼と目が合った。安室は何とも言えない表情で小さく首を振る。彼も見たことがないらしい。ここで灰原に訊けば一発なのだが、生憎彼女は所要の為不在であった。思わず男を見る目に力が入る。そんなコナンを見て、子どもたちが不思議そうに見ているが、それに構っている余裕は彼に無かった。例の組織の仲間である可能性が捨てきれない以上、男から目を離すことができるわけがない。それは安室も同じようであるらしい。優し気な店員の表情を浮かべながら、視線はどこか探るような色を帯びている。

 だが男はそれに気づいていないらしい。柔らかく細められた目はそのままに、彼らの視線をものともせずその場に立っている。

「こんにちは」

 ぽんと、言葉が宙に浮く。それが男から発せられたものだと理解するのに数舜要した。

「ひとりなんだけど、大丈夫かな」

 男は、見た目に反して温和そうな声と口調で言った。やや遅れて安室が反応し、カウンターから様子がうかがえる席に案内する。男はにこりと微笑みを浮かべて礼を言い、素直に席に着いた。

「ご注文は?」
「コーヒーをひとつ」
「かしこまりました」

 安室が立ち去る。男は帽子を外して隣の席に置くと、どこから取り出したのか、古びた文庫本を取り出して読み始めた。その落ち着いた様子はどこかミステリアスな雰囲気を醸し出している。コナンはいてもたってもいられず、わざとらしくボールペンを落とした。するすると床上を滑るそれを追いかけるようにひょいと席から降りて、男の元へ歩いていく。

「こんにちは、お兄さん」

 コナンの声を聞いた男は文庫本から顔を上げて、声の主を探そうとする。そして目の前の少年に視線を合わせると、柔らかく微笑んだ。

「こんにちは。どうしたんだい?」
「僕のボールペンがお兄さんのテーブルの下の方に入っちゃったんだ。とってもいい?」
「そうか、それは大変だ」

 どうぞ、と男は快く席を立つ。その仕草や表情にはどこにも演技じみたものは感じられない。完全に本心からの行動だろうと判断したコナンは観察を止め、ありがとうと可愛らしく礼を言った。テーブルの下に潜り込み、ボールペンを回収する。テーブルの下から這い出せば、男はいたって心配そうに言う。

「とれたかい」
「うん! ありがとうお兄さん」
「次からは気を付けるんだよ」

 男はそう言って優し気に微笑んだ。男が席に座りなおし、文庫本に手をかけた瞬間コナンは子どもらしい表情を浮かべたまま尋問を始める。

「お兄さん、この辺じゃ見ないけど……どこから来たの?」

 質問されるとは思っていなかった男は、文庫本に手をかけたまま一度コナンに視線を向けた。その行動に内心どきりとするが、男がコナンと目を合わせたのはほんの一瞬のことで、そのあとすぐに逸らしてしまった。手をかけていた文庫本をしまい、コートのポケットに手を突っ込む。

「遠い国から来たんだ。日本から、うんと遠いところ」
「へえ、そうだったんだ。何しに来たの?」

「ちょっと人探しにね」