ひーくんモンペで凄腕殺し屋のおねーさんは好きですか?

『俺はかっこいいって思うよ、お姉さんのこと』

 記憶の中の彼が、私に優しく微笑みかける。
 穢れの無いその真っすぐな眼差しに、私はあの時救われたんだ。


***


 引き金を引けば男は物言わぬ物体へと成り果てた。飛び散った返り血を不快に思いながらはあ、と私はため息をつく。

 裏の仕事の関係で両親が死に、組織に拾われ早十数年。齢29歳となった私は立派な殺し屋兼組織の幹部に成り上がっていた。
 血も涙も無い死神だとか、無慈悲で残忍な手口で的確に殺す悪魔だとか……裏社会では色々噂されているらしい。現に、私の名を聞いたほとんどの人間の反応はは背筋を震え上がらせるか白目を向くかのどちらかだ。それほど私は恐れられる存在になっているのである。

 サイレンサー付きの銃を尻ポケットに軽く挟んで死体の処理をしていると、背後から微かに足音が聞こえてくる。私はタイミングを見計らい、尻ポケットから抜き取った拳銃を突き付けながら振り返った。相手を見た途端、思わず目を細めた。

「ジンか」
「仕事は順調みてェだな」
「……」

 一気に興味が失せた私は白けたように拳銃を再び挟んで正面を向き直り、死体の処理を続行する。するとジンは私の手を制止しながら言った。

「後は俺が呼んだ掃除屋に任せろ。お前はこのまま俺と来い。次の仕事の作戦を練る」
「……」

 そんな急に言われても。
 じっと黙って見つめてみるが、私に拒否権はなさそうだ。私が小さくため息をついたのを了解だと受け取ってくれたらしい。ジンは何も言わずに部屋を後にする。私もそれに黙ってついていき、ジンの車の助手席に乗り込んだ。

 車に揺られながらぼうっと考える。次の仕事の依頼なら別にいつものように電話連絡でいいだろう。私が人づきあいは面倒だから嫌いだってこと、こいつも良く分かってるはずなんだが……。何か理由があるんだろうか。まあだとしてもきっとろくでもない理由だろうけど。

 連れてこられたのはいつも会合で使用する組織所有の施設だった。ジンは何も言わずにずんずんと中を進んでいく。その後を私が真顔でついていった。顔には出していないが現時点で私のテンションは最低である。ああ早く帰って風呂に入りたい。血ってなかなか落ちないから服も早く洗いたいのに……。

 するととある部屋にたどりついた。確かよく作戦会議とかに使うような部屋だ。閉じられた扉をノックもせずに前触れもなく開く。私もそれを追うように中に入った。

 そこにはひとりの青年が既に待っていた。
 私より少し低い背丈、清潔感のあるさらさらとした黒髪、つり目気味の目元、整えた顎髭、ラフな装いの上からもわかるような引き締まった身体つき。どこからどう見ても裏社会の人間になんか見えなさそうな風貌の、普通の青年だ。

 だが彼を見た瞬間、私は思わず固まってしまった。それと同時に段々と鼓動が早くなる。手にうっすらと汗をかいている気さえした。すっかり板についたポーカーフェイスで表情だけはまともだが、それも気を抜けばすぐに崩れてしまうだろう。
 今までどんな現場でも冷静に対処してきたこの私が、血も涙も無いと揶揄されてきたこの私が、まさかフリーズするなんて。きっと私を知る誰もが思うだろう。だがそれには理由があった。

 何故なら、彼は……――

「初めまして、スコッチです」

 そんな私の内心を他所に、彼は私に挨拶をする。スコッチと名乗った青年は、少しぎこちないながらも微笑んで私に右手を差し出した。私はほぼ反射的に彼に応じる。

「今度の作戦はお前らふたりで行ってもらう。これはボス直々の指令だ。しくじるんじゃねぇぞ」

 そんな私たちを見たジンが私をここに呼んだ理由をようやく吐いた。なるほど、彼と任務か。だが私は正直それどころじゃない。
 私はジンの言葉を最後まで聞くことなく、くるりと彼らに背を向ける。

「すまない。気分がすぐれない。私は降りる」
「おい。この仕事はボスの命令だと」
「代わりはいくらでもいるだろう。とにかく、私は帰る」

 ジンの言葉を無視してその場を後にする。
 初めは普通のスピードで歩いていたのだが、だんだんと早足になり、最後にはほとんど駆け出していた。通る人は何事だと目で追ってくるが、構っている暇はない。こうでもしないと感情をおさえられないのだから。

「あの子だ……! あの時の子だ!!」

 なぜ、どうしてこんなところに。そんな言葉が頭を回る。
 ポーカーフェイスが崩れて真っ赤に染まった顔を、誰にも見られないようにするのに必死だった。


***


 ここで昔話をひとつしよう。

 両親がまだ生きていたころ。幼い私はどこにでもいるような普通の女の子だった。日の当たる世界に生きて、学校に行って、友達と笑いあうような毎日を過ごしていた。

 そんな私にも、ひとつだけコンプレックスがあった。それはずばり、背の高さだ。当時私の身長は小学校高学年の時点で160センチ後半で、よく男子にそのことをからかわれていた。今となっては信じられないほど内気でいじめられっ子体質だった私は、毎日のように隠れてひとりで泣いていたのである。
 ……そう、あの日もそうだった。

 学校からの帰り道、いつものように木陰にあるベンチに腰かけてひとり涙をこぼす。どうしてこんなに私は背が高くなってしまったんだろう。周りの子たちみたいにもっと小さく生まれてきたら、こんなに惨めな思いをしなくて済んだのに。

「どうしたの?」

 ふと声を掛けられる。まさか見つかるなんて思っていなかった私は勢いよく声のしたほうを見た。
 そこに立っていたのはひとりの男の子だ。年は私より少し下くらいだろうか。黒髪に好奇心旺盛そうな大きな瞳が特徴的だが、知り合いではない。その子はぱちぱちとまばたきをしながら不思議そうにこちらを見ている。慌てて頬を流れる涙を止めようと目をこすっていたら、少年が慌てたようにこちらに駆け寄ってきた。

「あんまり目擦っちゃダメだって!」

 えっとえっと、としばらくワタワタした後に、少年は思い出したかのようにランドセルからハンカチを取り出す。そしてぐいっとこちらに差し出してきた。

「……いいの?」
「うん。今日間違えて2枚持ってきちゃったから」
「……ありがとう」

 お礼を言いながらそっと受け取り、目元を拭う。涙を抑えているうちに少しずつ気持ちも落ち着いてきた。

「えっと……なんか嫌なことあったのか? それともなんかされたとか?」

 少年がベンチの隣に座って心配そうに聞いてくる。その瞳を見ていると、初めて会ったはずなのに不思議と安心感が沸いてくるような心地がしていた。私はぽつりと口を開く。

「私、みんなより背が高くて。それで、男の子たちに、馬鹿にされて、……」

 少年に説明しているうちに、なんだかまた泣けてきた。視界がどんどん滲んでいく。本当に自分は惨めだ。見ず知らずの子にこんな話をして、それでまた泣いているなんて。ああ、私がもっと小さかったら……。

「そんなことない!」

 そんな私の考えを断ち切るように、大声で少年は言った。辺りに響くようなとびっきり大きな声だ。
 ここまで大きな声を出すとは思っていなかった私は、驚いて思わず目を丸くする。先ほどまで零れ落ちそうだった涙がすっかりどこかに行ってしまった。少年は頬を紅潮させながら続ける。

「背が高いって、全然かっこ悪いことじゃないよ! 俺だって、身長伸ばしたくて毎日牛乳飲んでるけど、まだ全然伸びないし……。背が高いってすごいことなんだよ!」

 だからその、と言葉をつかえさせながらも懸命に励ましてくれる。私は少年から目が離せずにいた。

「俺はかっこいいと思うよ。お姉さんのこと」

 少年は私の目を真っすぐ見ながら言った。
 ……そっか。私はこのままでいいんだ。背が高くてもいいんだ。この子にそう認められたような気がして、私はとても胸の中が温かくなる心地がした。先ほどまで胸の中を支配していた負の感情がすっと晴れていく。
 私は小さく口元で微笑む。

「ありがとう、ちょっと元気出た」

 私がそういうと、少年は驚いたように顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯いてしまった。「なら、よかった」と蚊の鳴くような声がしおしおと漏れ聞こえてくる。

 すると遠くの方から誰かを呼ぶ声が聞こえた。ぱっと少年が振り返る所を見ると、この子が呼ばれたのだろう。誰か友達と遊んでいる途中だったのかもしれないな。そう思っていると遠くの方に同じ年くらいの男の子が立っているのが見えた。

「じゃあお姉さん、俺行くね!」
「あ、これ……」

 私がハンカチを差し出そうとすると、男の子は「いいよ」と制する。

「お姉さんにあげる」
「え、でも」
「いいから! じゃあね!」

 そう言って去っていってしまった。残されたハンカチには「H.M」と刺繍されている。

「名前、聞けなかったな……」

 夕暮れのベンチで、私はひとり呟いた。


***


 あれから10年以上の月日が流れ、現在。

 私は贔屓にしている情報屋の元へと急いでいた。ごちゃごちゃとした細い路地裏の隠れ扉をくぐり、これまた物で溢れかえった薄暗い部屋にたどり着く。その部屋の中でPCに向かって作業をしている彼に問いかけた。

「分かったって?」
「ええもちろん。ワタシに出来ない事は何ひとつありませんから」

 くるりと振り返った彼は私を見て不気味に微笑む。私はそんなことを一切無視して、彼の前に会ったディスプレイに目を走らせていた。
 そこに表示されているのはスコッチに関する調査資料だ。真顔で資料をスクロールする私の横で、男は面白そうにニタニタと笑っている。

「まさか、この男が公安の狗だったとは思いませんでしたねぇ。通りでやけに"こっち"側のにおいがしないわけだ」

 男の笑みを不快に思いながらも、私はスクロールする手を止めない。この男の調べによると、彼は日本警察から組織に送り込まれたスパイ……いわゆるNOCだった。組織に知らされていたものではない本当の名前に、警察組織内での所属……次々出てくるその証拠を見ていると、男が囃し立ててくる。

「それにしてもよくわかりましたねぇ、彼がNOCだと」
「ああ。信じていたからな」
「は?」

 次の瞬間、男の額に穴が開いた。
 最近買ったばかりだという仕事用のソファにぐったりと身体を預けるようにして項垂れる。

 サイレンサー付きの拳銃をテーブルに置き、目の前のPCのネット接続を全て切った。電源ケーブルも引っこ抜き、ハードディスクに弾丸を打ち込んで破壊する。仕事を終えた私はふうと息をついた。後はこの部屋を燃やすだけだ。これでこのデータが他に漏れることは無いだろう。

 彼にスコッチの調査を頼んだのは他でもない。彼がNOCだと確かめるためだ。
 スコッチは恐らく、あの時私を励ましてくれたあの少年だ。そんな良い子が好き好んでこんな場所に来るはずがない。きっと何かわけがあるんだ。そう思って私は彼に調査を依頼した。調査結果を一番に私に見せるようにという条件付きで。
 結果は私の思った通り。彼は公安警察で、この組織を潰すためにやってきた正義の存在だ。私とはまるで正反対の場所にいる、日の光を浴びるべき存在なのだ。

「なら、私のすることはひとつしかない」

 部屋に灯油を撒きながら、私はぼそりと呟く。
 右手を突っ込んだポケットの中では、古い1枚のハンカチが握られていた。

 それからというもの、私は彼を……スコッチを陰ながら支援する生活を送っていた。

 彼の任務に(陰ながらではあるが)逐一同行。彼の身に危険が迫ろうものなら手段を選ぶこと無く排除していた。こう見えても彼はなかなか危なっかしい。恐らくまだ裏社会にあまり深く馴染めてないせいだろう。彼の頭を狙う狙撃手を始末するたびに私の庇護欲がくすぐられてたまらなかった。

 その上NOCであるという情報がどこかしらからあがった場合は、それが他の幹部に辿り着く前に情報元と共に握りつぶしていた。もちろん、こちらも手段を選ばない。徹底的にやる。彼を保護するためにと情報屋顔負けのPC技術も身に着けてしまった。これで彼のことをもっと守ってやれる。

 私がここまでやっている一方で、本人は一切気づいてない。というか私が気づかせないようにしているのだ。だってそんな、私がこんなことしてるなんて知られたら恥ずかしいじゃないか。殺し屋として気配を消す術がこんなとこでも役に立つとは思わなかったな。

 あまりにも彼の生活が危険なため、いっそこの手で組織を壊滅させてやろうかという考えも浮かんだが、すぐに自分で打ち消した。だってそんなことしたら私の手柄になってしまうじゃないか。なんとしても組織壊滅は彼の手柄にしてあげたい。だから私がするのはあくまでサポートだけだ。
 ま、どうしてもヤバくなったらさっさと潰すけどね、組織。

 知らない間にすっかりスコッチのモンペと化した私は、今日も今日とて彼を保護するために奔走する。

「彼を傷つける奴は、みんなまとめてぶっ殺してやる」


***


「なあバーボン。なまえって会ったことあるか」
「ええ。この間の任務で初めて会いましたよ。噂に違わずなかなか難しい人のようでしたけど……彼女がどうかしましたか」
「いや、俺さ……」

「あの人とどこかで会ったことある気がするんだ」