ソシャカス女子高生とコナンくん2

 ある平日の夕暮れ時。俺はひとりポアロのドアベルを鳴らしていた。
 今日は蘭もおっちゃんも用事があるらしく、夕食はポアロで済ませるようにと蘭から言われていたためである。店内に足を踏み入れれば、すっかりエプロン姿が板についてきた安室さんがにこやかに微笑んだ。

「やあコナンくんこんばんは。今日はひとり?」
「うん。蘭姉ちゃんも小五郎のおじさんもいないから夕飯食べに来たんだ」
「そっか。ひとりで留守番なんて偉いね」
「ま、まあね」

 苦し紛れに俺は笑う。敵ではないとわかっていても、やっぱりちょっと接し方が難しいんだよなあ。
 話の流れでカウンター席に腰かける。メニューを見ることなくビーフシチューを注文すれば慣れたように「かしこまりました」と営業スマイルが返ってきた。

 店内にはちらほらと客がいるのみで、今日はそこまで混みあっていないらしい。現に安室さんとマスターだけで回せてるみたいだし……。暇つぶしにそんなことを考えていると、安室さんが料理の準備をしつつ俺に声をかけてきた。

「そうだコナンくん、ちょっと聞いてもいいかな」
「何? どうかしたの?」

 平静を装っているが、内心心臓はバクバクだった。最近安室さんが俺の正体を疑ってるような素振りや言動を見せるので、正直とても警戒しているのだ。さあ一体どんな質問をするつもりだ。そんなことを思いながら身構えていると、安室さんは何でもなさそうに言う。

「なまえさんの様子が変なんだけど……何か心当たりある?」
「なまえさんが?」

 拍子抜けしたように目を丸くする俺に、安室さんは小さく手招きをした。「ほらあそこ」と言いながら店の隅の席を指さす。

 指さした方向を見ると確かに、4人掛けのテーブルの1席に制服姿のなまえが座っているようだった。座っている隣の席に通学鞄、テーブルの上には飲み干したアイスティーとノートパソコンが置かれている。だが視線は手にしたスマートフォンに注がれていた。その顔は真剣そのものである。何者も寄せ付けないような気迫すら感じるようだ。ノートパソコンからは愛用の白いイヤホンが伸びていて、なまえの耳をしっかりと塞いでいる。
 ……確かにアレは、傍からすればかなり異常だろう。

「最近よく来るんだよ。今日で連続3日目。正直ここまで入り浸るのは初めて見るから僕も驚いていて……」

 そこまで言ったところで安室さんはハッとして弁解する。

「といっても、ちゃんと注文もしてくれるから迷惑とかでは無いんだけどね。ただなんで急に入り浸るようになったのかが気になって……」

 安室さんはうーんと考え込むような声を漏らす。その難しそうな顔を見て俺は少しだけ意外に思った。
 そっか、アイツに関して何も知らない安室さんにしてみれば、こんな些細なことも迷宮入りしてしまうのか。俺にとってすごく簡単なことでも、……。
 胸の中に燻るわずかな優越感を押し殺しながら、俺は平然と安室さんに教えた。

「ああ、なまえさん今イベント中だからね」
「イベント?」

 安室さんは目を丸くする。俺は得意げに弾みそうな声をなんとか抑えながら安室さんに推理を披露する。

「なまえさんがゲームが好きだってことは安室さんも知ってるでしょ?」
「この間店で騒いでいたあれかい?」
「うんそう。そのゲーム内の期間限定イベントで、なまえさんの好きなキャラクターが上位報酬になったんだ。でもそんな重大な時に通信制限になっちゃったみたいで」
「なるほど、それでここの無料のWi−Fiを利用しているってことか」

 謎が解けたらしい安室さんは納得したように言う。俺はそういうこと、と肯定した。安室さんは少し苦笑いの混じった戸惑いの表情を浮かべる。

「……なんていうか彼女、すごいね」
「昔からああなんだ。好きなことに一直線っていうか……」
「昔から?」
「――!! って! 新一兄ちゃんからよく聞いてたからさ! はは……」

 苦し紛れに誤魔化してお冷を勢いよく飲んだ。そんな俺のことを見ながら愉快そうにニコニコと安室さんは微笑む。
 一刻も早く帰りたいから、俺の注文さっさと完成させてくんねえかな……。