高級チョコだって敵わない
※謎時空注意!


「そうだ悠仁くん、チョコだったら何が好き?」

 任務の報告書を出しに職員室へやってきた悠仁くんに私は訊ねる。急に話を振られた悠仁くんはその真意がいまいち飲み込めていないようで、目を丸くしながらぱちくりとまばたきを数回する。

「チョコ?」
「そ、チョコ。もうすぐバレンタインでしょ? 私毎年生徒のみんなには希望を訊いて、ひとりひとり違うものをあげてるんだよね。だから悠仁くんは何がいいかなって」

 ちなみに高専でお世話になる職員やよく送迎をしてもらってる補助監督さんなんかには一律で同じものをあげている。流石に全員にリクエスト訊くのは大変だからね。時間的にも、財布的にも。すると悠仁くんは大きく目を見開いて、一言一言確認するように尋ねた。

「……俺にも、くれるの?」
「当たり前じゃん! んで、何がいい? 特に希望が無いなら私が勝手に決めちゃうけど……」

 改めて私がそう尋ねると、悠仁くんはうーんと考えこむように腕を組んだ。しばらくそうして首をかしげたり上を見上げたりしながら唸っていたかと思うと、不意にぴたりと動きを止める。そして先ほどよりもほんのり顔を赤く染めながら恐る恐る尋ねた。

「あ、あのさ」
「なあに?」
「俺だけ特別なの欲しいって言ったら……怒る?」
「……いいだろう。言ってごらん、何が欲しいんだい」

 私は内心覚悟を決めながら悠仁くんに尋ねる。12年ぶりに再会した、他でもない悠仁くんの頼みだ。財布が危うくなりそうな高級チョコだったとしても私がどーんと買ってあげるよ!!! その為なら五条先輩に頭を下げて借金することだってできるさ!!! 癪だけど!!!
 さあこい!と思いながら悠仁くんを見れば「その、」と悠仁くんが目を逸らす。そして軽く頬を掻きながらしどろもどろに言った。

「おねえさんの、て、手作りがイイナー……なーんて」
「……手作り?」

 どんな高級ブランドチョコの名前が飛び出すかと覚悟していた私は悠仁くんの返答に思わず拍子抜けしてしまった。え、手作り? ……もしかしなくても、私の? きょとんとしている私の様子を何か勘違いしたのか、悠仁くんが慌てたようにわたわたと弁明し始める。

「っあ!! もし任務とかで難しかったら全然!! 全然いいから!!! 普通の買ったやつで!」
「いや、それに関してはいいんだけど……」

 バレンタイン当日まで任務が入ってはいるが、そこまで重たいものではなかったと記憶している。だから作ることは十分可能だ。……けれど。

「逆に良いの? 私の手作りなんかで」
「いいに決まってんじゃん!! ぜんぜん"なんか"じゃないよ!!!」

 訊ねた私がびっくりするほどの熱弁をふるう悠仁くん。それに自分でも気付いたのか、言い終えた後にへへ……とちょっぴり照れたように笑っていた。へにゃりと眉を下げるその表情が可愛らしくて、いつものことながら私は自然と頬が緩んでしまう。

「わかった、いいよ。作ってあげる」
「ホント!?」
「うん」

 私が笑って了承すると、悠仁くんはやった!!と言いながらガッツポーズをした。可愛いなあ。そんなに楽しみにしてくれるなら、下手なものは出来ないね。喜ぶ悠仁くんを他所に、私は早速何を作ろうかと考え始める。お菓子作りなんて最後にしたのは恵くんが小学生の時とかだから、それこそ本当に久しぶりだ。バレンタイン前にちょっと練習した方がいいかもしれないな。

「お姉さんの作るチョコ、超楽しみ!」

 実に楽しそうに悠仁くんが笑う。
 その笑顔の為ならなんだって頑張れる気がした。


***


 なんだかんだでバレンタイン当日。
 3時限目の休み時間。私は授業と任務の合間を縫い、大量のチョコが入った紙袋を抱えて校内を歩き回っていた。さて次はと残りのチョコを確認しながら教室の扉をがらりと開く。すると案の定、お目当ての顔ぶれがそろっていた。

「おーいてよかった。3人とも今時間大丈夫?」
「賽賀先生!」
「大丈夫ですよ」

 席に座って談笑していた1年生3人の視線がこちらを向く。どうしたの?と尋ねる野薔薇ちゃんの目が、私の手元の紙袋に気付いた途端きらりと光った。

「もしかしてバレンタインの?」
「そ! 今みんなに配ってるんだー」

 そう言いながら紙袋から個人あてのチョコレートを取り出し、それぞれに渡していった。

「恵くんはこれね」
「はい。いつもありがとうございます」
「野薔薇ちゃんはこれ」
「わ、ありがとうございます!」

 満足そうに可愛らしい入れ物を眺める野薔薇ちゃんを横目に、私はシンプルな袋を取り出した。

「そんで悠仁くんは……はいこれ」
「う、うっす」

 少々緊張しながら受け取る悠仁くんを他所に、野薔薇ちゃんが不思議そうに尋ねた。

「あら、随分シンプルね……これどこで買ったんですか?」
「あーいや、これは売り物じゃないの。私の手作り」
「手作りぃ!?」
「悠仁くんからリクエストされてね」

 私の言葉を聞いてへへ、と恥ずかしそうに頬を掻く悠仁くん。それを見ていた野薔薇ちゃんが呆れたように言った。

「あんたねぇ……賽賀先生も忙しいんだから、その辺少しは気遣いなさいよ。作るのもタダじゃないのよ?」
「わ、わかってっけどさぁ」

 野薔薇ちゃんからの思わぬ攻めにたじろぎながらも、悠仁くんは素直に心情を吐露する。

「でも俺やっぱ、一回くらいはお姉さんからの手作りチョコ欲しかったんだよ……」

 ちょっと恥ずかしそうな表情も相まって、私の心臓がギュン!!と音を立てる。ホントにもう、君って子は……なんなの!? 私のことをどうしたいの!? これが確信犯なら恐ろしいよ!?!? 床にゴロゴロと悶え転がりたいのをぐっと堪えていると、興味を持ったらしい恵くんが訊ねた。

「何作ったんですか」
「マカロンとブラウニー。久しぶりに作ったからちょっと難しかったけど、多分食べられるよ。多分」
「マカロンって家で作れんの!? すげえ……」
「凝ってるわね〜」

 感心する野薔薇ちゃんを他所に、悠仁くんが思いついたように言う。

「ね、これ今食べていい? 一個だけ。ちょうど腹減っててさ」
「うん、いいよ」
「ありがと! んじゃ早速……」

 悠仁くんは急ぎながらも丁寧に包装紙を剥ぎ取り、箱を開けた。長方形の箱の中を仕切りで2分割し、半分には粉砂糖のかかったブラウニーが、もう半分にはシンプルなマカロンがそれぞれ個包装されて詰め込まれている。箱を覗き込んだ3人からおお、と歓声が上がった。

「クオリティ高いわね」
「んー、どっちにしよーかなぁ」

 ちょっと迷ったのちに悠仁くんはブラウニーに決めたらしい。一口サイズにカットされたそれをひとつ手にとって透明なビニールを外し、「いただきます」と小さく言ってからぱくりと口に入れた。途端にきらりと、目の輝きが増したように感じる。

「めっちゃうまい!! これなら俺、無限に食えるわ!!」
「無限は盛りすぎじゃない?」

 ぐっと親指を立てながら言われた悠仁くんからのコメントに私は思わず苦笑する。だがその内心ほっとしていた。正直口に合うかどうか不安だったからね、美味しそうに食べてくれてよかった。その様子をどこか羨ましそうに見ている野薔薇ちゃんがぽろりと溢す。

「手作りオッケーなら私もそうすればよかったかしら」
「賽賀先生の飯すごい美味いからな」

 それを聞いた悠仁くんはハッととした顔をしたかと思うと、素早く箱をふたりから遠ざける。

「あげないからな!!! これだけは絶対!!!」
「はいはいわかってるわよ」

 呆れたように野薔薇ちゃんが言った。その顔はどこか楽し気で、悠仁くんの反応を面白がっているように見える。
するとそのタイミングでがらりと扉が開き、次の授業のためにやってきた五条先輩がひょっこり顔を出す。お疲れ様ですと私が挨拶をしていると、3人の持っている紙袋を見て合点がいったように尋ねた。

「あ、それ1年生用のバレンタイン?」
「そうですよ」

 へえーと言いながらそれぞれのラインナップを確認する五条先輩。ちなみにこの人にはここに来る前、職員室で会ったのでもう既に渡してある。だが悠仁くんの持っているものを見つけるなり、わざとらしい笑みを浮かべながら近づいていった。

「なにそれ美味しそう! 僕にも頂戴〜」

 そう言いながら伸ばされた腕を警戒するように、悠仁くんがばっと箱を遠ざける。

「先生にも絶対あげねーから!! これは全部俺のだから!!」
「えー? こんなにあるんだから1個くらいいいじゃん」
「だーめー!」

 箱を抱きしめながらいーっと歯を見せて威嚇する悠仁くん。するとそれに加勢するように野薔薇ちゃんと恵くんが立ち塞がった。

「ちょっとは空気読みなさいよアンタ!!」
「流石にそれは無いです先生」

 ふたりからの猛攻には耐えられなかったのか、冗談だよ冗談!と五条先輩は笑って言った。その様子を見ながら私はぼそりとつぶやく。

「そんなに好評なら来年から全員手作りにしようかなあ」
「っ駄目!! ちょー美味いけど、それだけは絶対駄目!!! 手作りあげんのは俺だけがいい!!……です」

 最後の方は尻すぼみになりながらも悠仁くんは言う。その顔が赤く染まったのを見て、私は小さく笑った。
 来年も彼にチョコレートを渡せますようにと願いながら。


***


 バレンタイン行脚をするお姉さん
 →毎年の恒例行事です。ちなみに伏黒は中学くらいから毎年同じもの(市販のシンプルなチョコクッキー)をリクエストしている。釘崎はパッケージがかわいくて映えるやつ。流石に手作りリクエストは初めてだったけど、なんとかなってよかったと思っている。

 にまにまが止まらない悠仁くん
 →部屋に帰ってもしばらくは「お姉さんからのチョコ……」って眺めるだけで食べられないし、なんなら嬉しすぎて写真撮ってるかもしれない。なんとか全部食べた後に「ホワイトデーは期待しとって!」と宣言すること間違いなし。

 ふたりを見守るクラスメイト
 →これで付き合ってないの? マジで? と思っているのは内緒。
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